2016年7月21日 (木)

人は死なない

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すこしスピリチュアルなお話をします。

これは、先日行われた「女性のための古典塾」でもお話させていただいたことなのですが、その日は清少納言についてのお話をさせていただきました。

清少納言といえば、世界最古の女流小説を遺した紫式部と並ぶ、女流随筆文学としてやはり世界最古の文学を遺した、日本の中世を代表する優秀な随筆家であり、歌人です。
ものすごく優秀な女性で、かつ魅力的な女性であることは、ねず本の第二巻でも『枕草子』の現代語訳などをご紹介して、詳しくお話させていただきました。
またブロクにおいても、

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1869.html

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2711.html
などでご紹介させていただいています。

 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
 よに逢坂の 関は許さじ

この歌は権大納言であった藤原行成とのやりとりの中で生まれた歌ですが、『枕草子』には次のような物語が書かれています。

*******
清少納言がこの歌を藤原行成に送ると、行成は、
「逢坂は人が越えやすい関なので、
 鶏が鳴かないうちにも関の戸を開けて待つといいますよ」
(あなたはいつでも容易に人に逢うとの噂ですよ)
という歌を清少納言の送ります。

そして清少納言に、
「夜をこめて」の歌は、
 殿上人がみな見てしまったよ」
と申し向けるのです。

実は、行成は、この時点で二股がバレています。
都合が悪くなったので、清少納言は「生意気な女だ」と、噂を広めたというわけです。

これに対する清少納言の返事です。
「本当に(あなたが私のことを)思ってくださっておいでと
 これで初めてわかりましたわ。
 すばらしいことを相手の人が言い広めてくださらないのは
 確かに甲斐のないことですわね。
 私は、見苦しいことが世間に散り広がるのが困るので、
 私はあなたのお手紙を隠していて、人に見せてはおりません。
 私の歌を人に知らせてくださったあなたのお心配りと
 相手を思いやる心は同じものですね。」

いかがでしょうか。
清少納言は、ここで男性であり、地位も名誉もある行成を「へこませた」のでしょうか。
そうではなくて、むしろ行成が男性であり、地位も名誉もあることを気遣い、行成の非礼さえも、隠し事にしただけでなく、あきらかに、行成をゆるしているのではないでしょうか。

だから行成は次のように述べています。
「まろの手紙を隠しなさったということは、
 やはりしみじみとうれしいことです。
(そうでなかったら)
 私はどんなにか情けなく
 つらかったことでしょう。」
二股がバレて、ヤバイヤバイと思っていた行成は、ここでどんなにか救われたことでしょう。

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***

私は、古典塾、ブログでこの解説を知って
とても感動しました。
きっと清少納言すら、目からウロコの解説で驚いていたことでしょう。
こんなに美しい気持ちとして、解説してもらえたことは喜びだったと思います。

だけど本当の気持ちは、今も昔も変わらないのが「心」だとしたら、生きていたときの清少納言の「心」は、ボロボロに傷ついていたのではないかしら。
だけど、どちらかの国のように、泣き叫んだり、中傷したり、恨んだりもしません。
この時代、輪廻転生の思想があったとしたら
「ご縁は今世限りのこと。
あちらの世でも、来世でも、二度と私の前に現れないで!!」と
「心」の奥深くで、願ったことと思います。

矢作直樹先生著の「人は死なない」では、以下のように書かれていました。

●母との再開 147ページ〜
次に、もう一つ疑問に思っていたことを訊ねてみました。
「亡くなったときに結婚指輪を外していたけれど、いつ外したの?」
「あなたは気が付かなかったかもしれないけれど、私がこちらに来る二ヶ月以上前よ。
お父さんの命日の後ね。箪笥の上に置いた通知用の葉書もそのときいっしょに置いたの」


私は、質問を続けました。
「そちらではお父さんには会ったの?」
「お父さんには会わないわ」
そう言って、母は少し右下を向きます。
それ以上の質問を拒むような雰囲気でした。
私には非常に意外な答えだったので、一瞬戸惑いました。
いったい、父母の間に何があったのか。
父の命日の後に指輪を外したということが、父と切れることを意味していたのか。
私は、晩年の二人は仲良く暮らしていたとばかり思っていたのですが、夫婦の間にはいろいろな事情があるのだろうと無理矢理納得して、それ以上は訊きませんでした。
「お祖父さん、お祖母さんには?」
「会ったわ」
「伯母さんには?」
「会ったわ」


人は輪廻転生をしながら、カルマを解消しながら魂を昇華していくことが事実だとしたら。

矢作先生のご両親は、今世でも、やはり前世のカルマを解消できない何かがあったのではないでしょうか。

矢作先生の著書は、たくさん読みましたが、上記の部分は私の「心」に衝撃として残りました。

ねず先生は、とても美しい日本の心で百人一首を解説してくださいましたが、何となく納得出来ないところがありました。

清少納言と行成が、今世に生まれ変わっていたとして
行成は、同じ過ちを犯さなかったか心配になります。
右近の想い、相模の想い、式子内親王の想い、もちろん小野小町の想い、たくさんあります。

矢作先生の著書から、今まで疑問だったことのヒントをいただけたようです。

これからも、百人一首は私の中で成長し続けることでしょう。

ねず先生、素敵な本の出版をありがとうございました(^_^)v

2016年5月26日 (木)

今日は古典塾で清少納言です(^_^)v

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【清少納言と枕草子
2013年04月23日08:24 】

届けてくださった使いの人は、すっごいおっかない顔をして、「早く参上せよ」なんて言ってたのだけど、そのあとに、まじめくさって、
「じゃが、この紙はあまり上等ではなさそうじゃ。延命を祈るお経も書けそうもないようだが・・・」なんて、言うものだから、思わず吹き出しちゃった。

ほんとうはね、そんなんじゃないの。
前にあたしが中宮様に、「気が滅入っているときは、紙を見ていると気もちが晴れます」って言ったのを、中宮さまがちゃんと覚えていて下さっのよね。
それで紙を贈ってくださったんだわ。
だから、ほんとは、紙の質がどうのこうのなんてどうでもいいことなの。

でもね、言った本人が忘れていたようなことまでちゃんと覚えていてもらえるのって、うれしいくない?
相手が普通の人でもうれしいのに、ましてその方が、中宮さまってなったら、そりゃー感動だわ。

でね、あたし、ドキドキしちゃって、中宮様に、
「紙(神)のおかげで、あたし、鶴みたいに千年も長生きしそうです!」って歌を書いたの。

で、使いの人に、「この歌を中宮様にお渡しになるとき、私が、あまりに大げさでございましょうが、と言っていたって申し上げてくださいね」ってお願いした。

そのあと、使いの人にに青い綾織りの単衣をあげたりして、大騒ぎしちゃった。
そしたら、なんだか気持ちが晴れてきちゃって。
あたしったら、さっきまでへこんでたはずなのに、もうはしゃいでる。
人の心って、おもしろいわね。


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このときの歌が、

 かけまくも
 かしこき かみの しるしには
 鶴のよはひと なりぬべきかな

とても上品で、格調高いですね。
ほかにも、面白いのが、たとえば第25段。

=====
憎らしいもの

お部屋にこっそり忍んで来る恋人を、犬が見つけて吠えるのって、すっごい憎ったらしくない?
あとね、ようやく密かに忍んで来てくれたのはうれしいんだけど、みんなが寝静まってお屋敷がシーンと静まり返っているのに、大いびきをかきながら寝ちゃうヤツ。
もぉ、絶対、まわりにバレバレじゃん><

それから、きっとバシッと決めようと思ってのことなのだろうけど、大袈裟な長い烏帽子(えぼし)をかぶって忍んできてさ、慌てているのか、烏帽子が何かに突き当たり大きな音を立てるヤツ。
なにそれ〜って思っちゃう。

あとね、簾(すだれ)をくぐるときに、不注意で頭をぶつけて、「イテテテ!」って、大声をあげるような男って、絶対、無神経!。

それからさ、夜、忍んでくるときに、戸を開けるなら、少し持ち上げれば音などしないのにさ、ヘタすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、そーいうのって、なんかにくったらしいわ。
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第26段 胸がときめくもの

髪を洗ってね、きれいにお化粧して、お香をよくたき込んで染み込ませた着物を着たときって、心の中は晴れやかな気持がして素敵。
別に見てくれる人がいなくてもいいんだ^^
男を待っている夜は、雨音や風で戸が音を立てるだけでも、ハッと心がときめく。


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第27段 過ぎ去った昔が恋しいもの

もらった時に心に沁みた手紙を、雨の日などで何もすることがない日に探し出したとき。
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こうした、いかにも女性らしい感受性の豊かなエピソードが、323話もぎっしり詰まっていて、躍動感ある大人の女性の感受性が活き活きと描かれているわけです。
実に、ほがらかで、感性豊かで、明るく楽しい。
これが平安中期の、世界最古の女流随筆でもあるわけです。


***

今日は、ねずさんの古典塾の日なので、清少納言のおさらいをしてみました。

定子様とのやり取りをみていると、今だって
女子校に通ってる女子や、宝塚大好き女子には、痛いほど理解できる感性です。

上に抜き出したところは、どんな女性にも当てはまるでしょう?

心はクルクルと上がったり下がったりするものだし。

落ち込んでいる時に、オシャレしてお出かけしたり、アロマテラピーを楽しんだり、綺麗なものを見つけたりして、気分を華やいだものにしたりするのも、同じ。

無神経な男に腹を立てるし。

清少納言の感性は、私にドンピシャでとても共感を覚えます。


そんな傷つきやすい繊細な感性の清少納言に
二股かけてた藤原行成さん。。

【補助線一本で解ける謎
2015年07月24日】
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そんなわけで、当時の一級の知識人である藤原行成は、清少納言を訪ねて、四方山話に花を咲かせていたのですが、この会話があまりにも楽しい。
ついつい彼は清少納言のもとで、すっかり時間を忘れて会話を重ねてしまったであろうことは、容易に察することができます。

ふと気がついたら、もう夜も遅い時間です。
すぐにでも別の彼女のところへ行かねばなりません。
そこで、「宮中で弔事があるので」などと、いい加減なことを言って清少納言のもとを去るわけです。

そして朝になって、彼は清少納言のご機嫌を伺う手紙を届けさせました。
ところが彼は、手紙に「ニワトリの声に促されて帰ってしまいましたが......」と書いてしまったのです。

彼が清少納言のもとを去ったのは、前の日の夜です。夜にニワトリは鳴きません。
別の女性のもとを去ったのが、明け方、ニワトリが鳴く早朝だったのです。


ここの解説は、とても興味深いです。

楽しみです(^_^)v

今夜の古典塾には
定子様や清少納言、行成さんも参加してると思いますよ、
それぞれの思いに寄り添って、みんなが納得!!
できる講義でありますように💝

2016年5月 3日 (火)

ねずさんのひとりごと☆祝3000話

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当ブログは、3000話を超えました。
これもみなさまのご贔屓あってのことです。
心から感謝と御礼を申し上げます。

【今日は済南事件のあった日 2016年05月03日07】
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今日は、ねずブロ3000話のお祝いの記念日なのですが、こんな悲しい日と重なってしまいました。

でも、それも何か意味があるということです。

***
【当時の外務省公電にある公式文書です。
=======
腹部内臓全部露出せるもの、
女の陰部に割木を挿し込みたるもの、
顔面上部を切り落としたるもの、
右耳を切り落とされ左頬より右後頭部に貫通突傷あり、
全身腐乱し居れるもの各一、
陰茎を切り落とし・・・(以下略)
======

現場を視察した南京駐在武官佐々木到一中佐の手記です。
======
予は病院において偶然其の死体の験案を実見したのであるが、酸鼻の 極だった。
手足を縛し、手斧様のもので頭部・面部に斬撃を加へ、或いは滅多切りとなし、
婦女は全て陰部に棒が挿入されてある。
或る者は焼 かれて半ば骸骨となってゐた。
焼残りの白足袋で日本婦人たる事がわかったやうな始末である。
我が軍の激昂は其の極に達した。
======

ちなみに上にある女性の写真は、間違いなく済南事件のときの新聞報道写真であり、被害者の女性も日本人、横に立っている男性も間違いなく日本人医師なのですが、いまの中共政府はこの写真を「日本陸軍七三一部隊による人体実験の犠牲者の写真」として流用し、さらに同じ写真を南京事件の支那人被害者として流用し、展示しています。】

***

こういうことを、ブログで書くとヘイトスピーチになりますか?
ヘイト思想とか?

私たち日本人って、被害にあったことや辛いこととかは「水に流す」ということが美徳とされています。
だから、日本人の従軍慰安婦が、韓国の従軍慰安婦の方々のように被害者だと言って訴えたりしません。
それは恥だから、誰にも言わずに胸の中にしまって、この世を去っていきます。

嘘だ、捏造だ、と言われている「青葉慈蔵尊」のお話だって
日本では、ひっそりと語り継がれ慰霊されているだけで、ご遺族の方が損害賠償を求めて大騒ぎしたり、
従軍看護婦の像とかを建てたりしません。

日本人は、恥という美徳をもつからです。

だから、ねずブロのように拡散力のあるブログ、
ねず先生のようなわかりやすい明るい笑顔で、過去の歴史や、これからの日本の役割を教えてくれるような講演会は、とても大切です。

私たちが、とても大切にしているのは
こういうお話を知って「慰霊」の気持ちを持つことです。

過去にあった出来事を、騒ぎ立てて、損害賠償したり記念碑?を建てたりすることではなく
犠牲になられた方々の「慰霊」をして、二度と同じ悲劇を繰り返さないようにするためのものではないでしょうか。

そうして、こんな悲しい戦争が二度と起きないために
日本が正しい道をあゆみ、世界が平和と安全と幸せになるために
一人一人が意識しながら毎日を暮らしていくためのヒントのブログが、「ねずさんのひとりごと」です。

☆☆☆

次は4000話目指して、頑張って下さい😊💐


2016年5月 1日 (日)

ハンセン病と神話からわかること

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tvmatome.net/archives/4044

一昨日の深夜番組で、素晴らしい医師のご紹介がありました。
政府のハンセン病患者に対する隔離政策に、真っ向から対峙して、ハンセン病は感染力が極めて低く
隔離する必要なし!ということで、たくさんのハンセン病の患者さんの隔離を、庇いながら治療を続けてくださった小笠原登医師です。

結局、小笠原登医師の先見の明のある説は、学会から異端視され、マスコミからも世論からも、ボコボコにされてしまうという悲しい結果でした。

なぜ、こんな不幸なことを日本政府がしてしまったのか。
それは、やはり神話から読み取る謙虚さを失っていたからではないでしょうか。

【波紋は岸辺に2013年11月25日07:09 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2084.html

『ハンセン病という病気は、かつては全世界に猛威をふるった病気です。
皮膚がまるで像のように固く厚くなり、全身から膿が吹き出すというたいへんな病気でした。
日本では、この病気はライ病とか腐りの病といって恐れられました。

細菌性ですが、感染率は決して高くなく、昭和40年代にはいってから特効薬が開発され、いまでは世界中からほぼ駆逐された病気です。

昔は、この病気に罹れば、もはや隔離するしか方法がなく、やむなく無人島のようなところに患者たちを隔離するのがあたりまえに行われていました。
けれど、それはただ隔離するというだけのもので、いってみれば体のいい姥捨のようなものでした。


たいへんに恐れられた病気ですが、わが国では8世紀の始め頃、光明皇后陛下が、このハンセン病患者たちのための収容施設をつくっています。
光明皇后はこのとき、重症のハンセン病患者の膿を吸ってあげたところ、その病人が阿閦如来(あしゅくにょらい)であったという伝説が残されています。』

この光明皇后様が、「膿を吸われた」というところを、単なる神話としてしか捉えていない、というところに大きな過ちを犯すことになってしまったのです。
神話の中に、大きなメッセージがあると「ねず式古事記解説」で学んだ私たちは、もうピンときたはずです。

日本人は1400年前に、すでにハンセン病が感染力の弱い病であり、口で膿を吸ったとしても感染しないのであるという事実を、神話にこめたのです。

その事実は、阿閦如来のように尊いものなのだ、ということを教えてくださっているのです。

現代の科学からわかってきたこと、それは神話にすでにあるということ、科学的に証明される前の先進的な仮説や研究は、既存の学会、マスコミ、大衆から総攻撃を受ける、ということを教えてくれた番組でした。

小保方さんも、そんなお一人なのかもしれません。

最先端の仮説を、誹謗中傷してきた学会やマスコミや大衆のような、罪なカルマは、作りたくないなと思いました。

【生涯を捧げる2009年09月09日13:05 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-622.html

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服部ケサさん。

素晴らしい方。
阿閦如来の化身のような方。

2016年4月28日 (木)

個人主義的な女たちが、穴沢大尉から学ぶ「愛」

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最近、ねずさんのブログが、友達との会話で役立つことがたびたびあります。
だって、私たちは個人主義が当たり前になっているので、それで悩むことがあるからです。

『しかし彼は、歌に明らかなように、右大臣として自分個人の私心である慕情を抑え、冷たいようだけれど決然と、「君に逢いたいけど、逢えないよ」と詠んでいます。
要するにこの歌は、「公」のために「私」を捨てて生きた誠実な男の生き様を詠んだ歌です。
それが日本の男の美学です。

欧米型の個人主義の社会では、こうはなりません。
なぜなら、一番大事なのは個人(私)とするからです。
官僚であれ、幕僚であれ、閣僚であれ、あるいは民間の企業戦士であれ、彼らにとって仕事は、あくまで生活のための手段でしかありません。
常に自分が主だし、自分の欲望を満たすことが最優先ですし、私心が優先です。

ですからツインソウルのような異性に出会ったら、仕事や地位や名誉など捨てて、自己の欲望を遂げることを優先します。
女性の側も同じです。
「私を愛しているのなら、仕事などに行かないで」と、平気で言ってのけます。
これが個人主義です。』

***

友人のご主人は、まさに上のような「日本の男の美学」を持っている方です。
でも、そこが喧嘩の原因になってしまうところでもあります。
いつも仕事優先、頭の中は会社のことでいっぱい、家族のことより、自分の会社の儲けのことより、社会貢献していくことが最優先。
社員が大切。
シラス的経営なのです。

そういう男性は、女性にとって、とても魅力的ですから大好きになっちゃいますね💕
だけど、いざという時、自分より社会貢献を優先するのがわかるので、たまに怒りが爆発するのです。
個人主義の奥さんや恋人は、不満たらたらに違いありません。

そんな時ふと思い出すのが、ねずブロで紹介される
日本人女性の鑑のような方たちです。

***

【会ひたい、無性に 穴沢利夫大尉】
2012年11月03日10:31
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1687.html

二人で力を合わせて努めて来たが
終に実を結ばずに終わった。
希望も持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていた
「時期を失する」ということが実現してしまったのである。

去月十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、
帰隊直後、我が隊を直接取り巻く情況は急転した。
発信は当分禁止された。

転々と処を変えつつ多忙の毎日を送った。
そして今、晴れの出撃の日を迎えたのである。
便りを書きたい、書くことはうんとある。
然しそのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。

あなたの御両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。
至らぬ自分にかけて下さった御親切、
全く月並の御礼の言葉では済み切れぬけれど
「ありがとうございました」と
最後の純一なる心底から言っておきます。

今はいたずらに過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。
問題は今後にあるのだから。
常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる。

然しそれとは別個に、
婚約をしてあった男性として、
散ってゆく男子として、
女性であるあなたに少し言って征きたい。

あなたの幸を希う以外に何物もない。
徒に過去の小義に拘るなかれ。
あなたは過去に生きるのではない。

勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。
あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。

穴沢は現実の世界にはもう存在しない。
極めて抽象的に流れたかも知れぬが、将来生起する具体的な場面々々に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。
純客観的な立場に立って言うのである。

当地は既に桜も散り果てた。
大好きな嫩葉の候が此処へは直に訪れることだろう。

今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言って見たい。

1、読みたい本
「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」

2、観たい画
ラファエル「聖母子像」、芳崖「悲母観音」

3、智恵子
会いたい、話したい、無性に。

今後は明るく朗らかに。
自分も負けずに朗らかに笑って征く。

昭20・4・12
智恵子様
     利夫
~~~~~~~

これが穴沢利夫大尉の最後の手紙です。
手紙の書かれた日付と、利夫さんの戦死の日付は、同じです。
おそらく、出撃の直前に、書かれたのでしょう。

智恵子さんは、穴沢大尉との面会の折とき、
「いつも一緒にいたい」と、自分の巻いておられた薄紫色のマフラーを渡しました。

穴沢大尉は、その女物のマフラーを首に巻いて出撃されました。
その様子が、次の写真です。
マフラーが首に二重に巻かれているので、他の隊員よりもマフラーが膨らんでいるのがわかります。

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愛する利夫さんを失った智恵子さんは、悲嘆の底に沈みました。
そんな智恵子さんを支えたのは、やはり穴沢大尉の、入隊二週間前の日記でした。
大尉の死後に、届けられたものです。

~~~~~~~~
智恵子よ、幸福であれ。
真に他人を愛し得た人間ほど、幸福なものはない。
自分の将来は、自分にとって最も尊い気持ちであるところの、あなたの多幸を祈る気持のみによって満たされるだらう。
~~~~~~~~

ある本の記述を転載します。
~~~~~~~~
その女性は、手のひらに乗るほどの小さな箱を箪笥から取り出すと、
「大切なものが入っているの」
そう言って微笑み、私の前へ静かに置いた。

見事な寄木細工の小箱だった。
一体、何が入れられているのだろう。

そっとふたを外してみると、タバコの吸殻がふたつ、綿に包まれて入っていた。
銘柄も判別できないほどに変色し、指で触れれば崩れてしまいそうな。

「彼の唇に触れた唯一のものだから」
八十四歳になる伊達智恵子さんにとって、六十年以上も前の吸殻は、婚約者であった穴沢利夫少尉(享年二十三)の遺品だったのである。


***

この感動的で美しい究極の愛のお話は、さすがの個人主義的な女たちの心にも響くものがあります。

身勝手な愛、安っぽい恋愛、そんな愛が溢れている世の中で、
穴沢大尉から真実の愛を捧げられた、智恵子さんという素晴らしい日本女性がいらしたというお話は、傷ついた個人主義の女性の心を慰め、日本的価値観を思い出すきっかけになると思います。

でも穴沢大尉のように、素晴らしい伝達をされないと、せっかくの「日本の男の美学」も理解されず、
理不尽な喧嘩ばかりになるし、「残念な男と女のすれ違い」で悲しい結末になりますから
ご用心を^_−☆

2016年4月23日 (土)

大切にしたい日本の四季

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http://youtu.be/U-yf2skmSks


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nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1483.html
【朧月夜(おぼろづきよ)】
1 菜の花畠に 入日薄れ
  見わたす山の端(は) 霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば
  夕月かかりて にほひ淡し

2 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
  田中の小路をたどる人も
  蛙(かはづ)のなくねも かねの音も
  さながら霞める 朧月夜

「おぼろ月」というのは、春先によく見られる、ちょっと霞(かすみ)のかかったお月様で、別名が「菜種月」ともいいます。

菜種(ナタネ)は、菜の花の別称です。
菜種から採れる油が、菜種油(ナタネアブラ)で、江戸時代には行燈(あんどん)によく使われたり、食用に使われたりしています。
実は今の日本でも、サラダ油の6割は、菜の花から採れる菜種油が原料なのだそうです。

菜の花は、芽茎が食用になり、この時期菜の花の胡麻あえなんて、実においしい。
それだけでなく、荒れた土地でも繁殖できるため、堤防や土手などの修景用にも、用いられます。
上の写真の江戸川の河川敷のものなどは、まさにそれです。

日本人は、こうして四季折々の美しい自然と、まさに共存して生きて来た。

春山の さきの ををりに 春菜採(つむ)
妹が白紐(しらひも) 見らく しよしも

と読んだのは、万葉集の尾張連(おわりのむらじ)ですが、他にも

菜の花や 月は東に日は西に(与謝蕪村)
菜の花の遙かに黄なり筑後川(夏目漱石)

なんていう俳句もあります。

日本には四季があります。
そして四季折々の美しさがある。
そういう美しさを大切にし、共存し、調和して生きて来たのが日本人だと思うのです。

戦後の日本は、そうした自然との共存を、ある意味否定し、都会化することを「開発すること」、「良いこと」としてきました。
四季は、いまでは、単に衣類の着あわせの中だけのものとなっているかのようです。

けれど忘れてはならないのは、
日本にもともとある四季折々の美しさと、
それに感動する、人の心 なのではないかと思います。

2016年4月22日 (金)

今夜は満月です(^-^)

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youtu.be/8JLsn1jEGYk

今夜は満月です。
お月様に、お祈りをする日です。
お天気が良いので、綺麗な満月が出ることでしょう。

この動画は、Facebookから見つけました。

朝1番でお友達から、山田先生の愛人問題を知らされました。

これは、、、

何とも残念です。

あっちでも、こっちでも、そんな問題ばかり浮上しているのは何故?

きっと、女性性の低下で愛を惜しみなく与えることができなくなっているからでしょうか?

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【百人一首の25番歌に、三条右大臣の歌があります。

 名にし負はば 逢坂山の さねかづら
 人に知られで くるよしもがな

もちろん人間ですから、右大臣といえども、ふとしたきっかけでツインソウルのような女性と出会い、 強い恋心を寄せてしまうこともあります。
ほんの一瞬の出会い、あるいはちょっとした出来事 がきっかけとなって、心が燃える。
今すぐにでも逢いたいし、二人だけの時間を過ごしたいとも思うのです。
そういうことに、身分や男女の貴賎は関係ありません。
人としての本能です。

けれど藤原定方は公人なのです。
仕事があり、責任があり、常に仕事の関係者たちが周囲にいます。
だからこそ彼は、逢いたい気持ちがあっても、
「人に知られでくるよしもがな」と思うわけです。

しかし彼は、恋心を胸に秘めたまま、彼女のもとへ通うことはありません。
なぜなら歌に「もがな」とあるからです。
「もがな」は願望を表す言葉です。

個人の欲望や恋心は、私事であり私心です。
現役の閣僚である彼は「公人」です。
そして日本における「公人」は、天皇の「おおみたから」を預かり、その「おおみたから」が、豊かに安心して安全に暮らせる世の中を担うために、右大臣の要職にあります。
それが「天皇の民をお預かりする」ということの持つ意味です。
だからこそ、どんなに逢いたい気持ちがあっても、相手が名の知れた美しい女性であっても、両思いであったとしても、それが「人に知られず」にできることであっても、彼には逢いに行くことができません。

そもそも誰も見ていなくてもお天道様が見ていると、厳しく自己を律して責任を果たしていくことが、人の上に立つ者に必要なことというのが、日本社会です。

そして、そんな生き方をしている戦士たちの姿は、日本中で見出すことができます。
この歌は、千百年前の日本人が詠んだ歌です。
けれど千年経っても、日本人は日本人なのです。】

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2980.html?sp


うわ…>_<…
ねずブロ当たりすぎ!!!

やはり、政治家を志す方は公人としての、⬆︎のような決意がないといけないのですね。

たとえツインソウルのような人と出会ったとしても
男性は癒されて回復したら再び公人として羽ばたき
女性は、そのように元気になった男性を右近みたいに送り出してあげないといけないのですね。

百人一首凄すぎ。

公人たるべき人は、ねずさん流解説学ばないといけませんね(⌒-⌒; )

私は、とりあえず満月に祈りを捧げます。

そういえば、「マドンナたちのララバイ」。
女性の愛として、わかりやすいですね(^_^)v
youtu.be/v7fKAn3T8EI

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うーん。
かなり残念な発言ですね。

私も少し前までは、仕事の能力とプライベートは別物かも、と思っていました。
だけど、それはウシハクの個人主義的な西欧からの発想でした。
日本的なシラス的感覚では、公人としては失格ということになります…>_<…


☆☆☆

【山田先生に愛人がいようがいまいがどうでもいいこと。
彼を貶めたいやつらには絶好のネタ。
そんな程度のネタに振り回されるほど日本人は落ちぶれたのかな?

藤原定方には特殊な公の事情があったのだろう。(右大臣だし・・・)

同列の問題ではないと思う】

私の大切なお友達から、こんな貴重なご意見をいただきました。

そうですか。

私には難しい。。。

「公」にあるものの「私」を捨てる覚悟。

「男の美学」は、難しいのですね。。

2016年4月21日 (木)

発売から1年♪

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nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2615.html

またまたFacebook機能からの嬉しいお知らせ。
昨年の今日、4月21日が百人一首本の発売日だったんですね♪

この和歌の中には、喜びも、哀しみも、愛も、恋も、国憂う愛国心も
日本人としての原型が、鮮やかに色褪せることなく残されています。

その原点を知りながら、現在に生きる私たちの心のオアシスとなっていくといいですね。

現代は忙しすぎて、またたくさんの情報や楽しみが豊富なので、「心の豊かさ」に対して疎かになっているようです。

千年前の人たちが、愛や恋に敏感で、真剣だったことは、百人一首を見ただけで一目瞭然ですね。

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先日、久しぶりに明治神宮を参拝してきました。
誰一人いない清正の井戸は綺麗でした。

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しばらくここで、水の音と清浄な気を楽しみました。


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明治神宮御苑は、私の大好きな庭園です。
5月には、明治天皇様が昭憲皇太后様のために全国から取り寄せた花菖蒲が見事になります。

またお池には、蓮の花も咲き始めます。

忙しすぎて心を見失いがちな方は、こんな庭園で日本の心を思い出し、癒すことは大切です。

ひとりでのんびりとお散歩していたのですが、ふと気がつくと
木漏れ日の中から、いつも太陽に見守られているのを感じました。


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だから、自然と太陽とお話していました。


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帰りには、お月様とおしゃべり💕


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そして、明治神宮のお札を神棚におさめようとした時、ふとベランダに目をやると素敵な光があったので、導かれるように出てみると、光の上には見事な♡の形の雲がポッカリと浮かんでいました。
慌てて写メしました。
雲ってすぐに形が変わってしまうので、このハートの雲も一瞬の出来事でした。
明治天皇様からの、素敵なメッセージだと感じました♪

いつも笑顔と愛が輝く人になりなさい、ってことかしら? と。

そのお手本は、こちらの百人一首の中にありますね。

♡の雲と百人一首。

これは偶然ではなく、必然だった
と私の記憶に残しておくつもりです(^_^)v

2016年4月19日 (火)

熊本大地震と中央構造線という活断層について

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www.buccyake-kojiki.com/archives/1023001984.html
【中央構造線と神社 - なぜ、日本有数の神社は、地震大国たるこの断層系に沿って建っている?
2015/03/29 14:55】

諏訪大社も含めて、中央構造線のライン上には、奇妙に日本有数の神社が立ち並んでいる。伊勢の神宮もそう。そして、一宮の何社かもこのライン上にある。日本列島を地震大国としている一つの要因となっているこの断層系に、なぜ古社が並んでいるのか。神社による日本人への警告か。

ここでは、戸矢学『富士山、2200年の秘密』を参考にそうした神社を抽出した。

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朝からお友達と、地震の話題で持ちきりです。

そして上のブログを教えてもらいました。

もちろん、私はねずブロを紹介しました。

【熊本地震と日本人の覚醒】
2016年04月19日06:46
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2986.html?sp


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今回の熊本地震の主役となった活断層は、中央構造線と呼ばれ、九州から四国を渡り、近畿からフォッサマグナを経由して関東の鹿島灘に至る巨大な断層です。
もし、今回熊本で起きた地震が、伊勢サミットを直撃していたら。
もし今回の地震が関東を直撃していたら。

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『富士山、2200年の秘密』は、以前から気になっていましたが、スルーしていました。

だけど、もしかしたら古くからの神社と中央構造線と呼ばれる活断層は、関連があるかもしれないので
注文しました!

どんなことが書かれているのかな?

『そしてそのためには、日頃から対立や中傷や足の引っ張り合いや、バレなければ何をやっても良いとか、勝てば官軍ではなくて、たがいに共助の精神をもって助け合い、誰もが対等な人間として尊重され、いがみあったり対立したりするのではなく、互いが何よりナカヨクすることができる社会ではないでしょうか。
もしかすると神々は、あらためて日本人に、この日本的共助の精神に気付くように、いま大掛かりな警鐘を発して下さっているのかもしれません。』

これかな?

また、ご報告します。

2016年4月18日 (月)

2015年4月☆百人一首本奉献旅日記

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私はFacebookの過去記事をお知らせしてくれる機能を楽しみにしています。
今日は、昨年、こちらの記事をシェアしていました。
懐かしいです。
1年は、本当にあっという間に過ぎてしまいます。

【百人一首本奉献旅日記】
2015年04月18日07:40

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2623.html

今日の記事は、完全に私的な日記です。

4月16日、17日と、これから発売となる本・『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』の奉献と御神楽奉納に、近江神宮、伊勢神宮、熱田神宮に行ってきました。
とっても不思議な体験をしましたので、今日は、そのご報告をしたいと思います。

私の住まいは千葉県(駅は埼玉の春日部)ですが、本をそれぞれの神社に各10冊奉献のため、荷物があまりに重く(本自体が1冊が厚くて重い)なるため、今回、車で滋賀、三重、愛知にでかけることにしました。
朝、3時に起きて4時に出発。
道中は空も晴れ、富士山がくっきりと見え、気持ちのよいドライブとなりました。

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そもそも私は、日頃信心が薄い方ですが、こういうことは、ただ非科学的だと一笑に付すものではなく、わからないことは「わからない」として、ただ記憶にとどめておくことだと思っています。
偶然かもしれないし、そうでないかもしれない。
それは、凡夫の私達にはわからないことです。
わからないから否定する、というのではなく、わからないけれど、そういうことがあったと記憶しておく。
それは大事なことだと思います。


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昨日は、銀座の風月堂画廊まで草場さんという方の陶彩画を見てきました。
私の大好きな陶彩画のポストカードを買うことができました。

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お友達は観音様シリーズです。

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そしてたくさんお喋りをしました。
ご縁とは不思議なものです。
お友達の妹さんの先生が、今度の選挙に比例から立候補するそうです。
それが何と、「日本の心を大切にする党」からだったのです。
恭子先生の人柄に感動して、依頼を快諾されたとのこと。

恭子先生のお話で大フィーバーしました💕💕

その時、私がふと頭に浮かんだことがありました。

「ねず先生って、中山先生ご夫妻や矢作先生やたくさんの素晴らしい方々が応援してくださる反面、変な人も利用しようとしてたくさん近寄ってくるんだけど、どうしてだろう?
神に開けるということは、魔にも開けるということだからなんだろうけど。。

もしかして、ねず先生、日頃信心がうすいということだから、おうちに神棚ないのかしら?」

とです。

友人二人は、口を揃えて

「それは大変。
神棚に毎日手をあわせるということが、平穏で魔を遠ざける毎日を過ごせるのだから
神棚なくちゃダメよ〜」

と教えてくれました。


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やっぱり、日本人は
神棚に毎日手をあわせること、神社にお詣りすること
大切ですね(^_^)v

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