« 小名木善行先生の☆静御前の舞 | トップページ | 小名木善行先生の☆源平桃と壇ノ浦の戦い »

2014年3月25日 (火)

小名木善行先生の☆百人一首(25番〜27番歌)

Image

桜の蕾もだいぶ膨らんできました。
待ちに待った春です。
私は、半袖の上にコート、という変な服装。。
だって夜は寒いから、風邪ひくといけないですから(⌒-⌒; )

さて、台湾では大変な様子がニュースやネット上に溢れています。

台湾の学生さんのために、日本の保守は何とか支援しないといけないという空気に包まれているかのようです。

でも、いろんな可能性が考えられるので
私は様子見することにしています。
もしかしたら、あの学生を先導しているのは中共の仕業かもしれないし。
真実がわからないからです。
中共は、そういうことが巧みですから用心しないといけません。。

ただ一つ確実なことは、
戦争や紛争を画策している近隣諸国があるのは事実ですから、早く集団的自衛権や憲法改正を日本はしなければいけないということですね(⌒-⌒; )

これだけは事実です。
安倍総理には、頑張っていただきたいです!!



=========
25番歌 三条右大臣

名にし負はば逢う坂山のさねかずら
人に知られで来るよしもがな

なにしおはは
あふさかやまの
さねかつら
ひとにしられて
くるよしもかな
==========

『この歌は、「会いたい女性をサネカズラのツルをたぐるように、わたしのところへ来させる方法はないものか、つまり、なかなか逢えない恋人へ詠んだ、あるいは人に知られてはいけない恋、秘密の恋、道ならぬ恋を詠んだ歌」と解釈されている方が多いかと思います。
多くの解説本にもそのように書いてあります。』

『「名にしおはば」は、名前に背かないなら、というくらいの意味になります。
この言葉が次の「逢坂山(あふさかやま)」にかかります。
「逢坂山」は、京都府滋賀県の国境にある山です。
かつてはここに関所があり、地方と都を分ける峠(とうげ)をイメージさせる場所でもありました。
その山の名前が「逢坂山」で、これは誰かと「逢ふ」という意味との掛詞にもなっています。

「さねかずら」の「さね」は、男女が一緒に添寝することを意味します。
「かずら」というのは「葛(くず)」のことで、これはつる性の植物です。
「人に知られで」の「で」は、打ち消しです。
「人」は「他の人」を指し、ますから「他の人に知られないで」という意味です。
「くるよしもがな」の「くる」は、「人に知られないで来る」と「かずらをたぐりよせる(繰る)」との掛詞となっています。
「よし」は、来るための方法、「もがな」は願望です。
つまり、「あなたを連れてくる方法があればいのになあ」といった意味になります。

これを単純に通解すると、「たいせつな人に逢えるという逢坂山で、二人で添い寝するために、葛(かずら)のツルで彼女をたぐりよせることができたらよいなあ。それを人に知られないようにできればいいのに。でもあるわけないよなあ」といった意味になります。

これだけみたら、なるほど、右大臣の藤原定方が、まるで秘密の恋をしているかのようです。
恋しい人に逢いたい。
一緒に二人だけの時をすごしたい。

ソウルメイトなんていう言葉がありますが、一定の社会的地位を得るようになっても、ふとした弾みに、まるで前世の因縁でもあったのだろうかと思うほど、惹かれる人にであうということがあるのだそうです。
二人はまたたく間に禁断の恋におちいってしまい、家も捨て家族も捨てて好きな相手に夢中になる。
まるで、昔あったお昼のメロドラマみたいな展開です。

けれど藤原定方は、右大臣という要職にある人です。
地位もあれば、常にお付きの人が、周りにはたくさんいる。
責任あるたくさんの仕事を抱えています。
藤原定方は、公人の、しかも高位高官なのです。
いまでいえば、現職の政府閣僚です。

そういう、周囲にいつも人がいる状況の中で、たとえ自分に恋しい女性ができたとしても、彼には自由になる時間も、ひそかにひとりになって好きな女性のもとに通う時間もない。』

『和歌というものは、一番言いたい事をあえて言わず、上の句と下の句で、読み手にその一番言いたいかったことを想像してたどり着いてもらうというのが基本的な仕様です。

藤原定方のこの歌は、上の句も下の句も、ぜんぶ恋の歌ですけれど、藤原定方が本当に言いたいことは、その歌の言葉に書かれている以外のところにある。
そして公のために尽くすことで生涯を貫き、死後、勲一等を与えられた藤原定方の、心に芽生えたほのかな恋心と、その恋心をぐっと押さえて、真面目に生涯を民のために捧げ抜いた藤原定方という男の生き様を、この歌は明瞭に浮き彫りにしていのだと思います。

というか、そういう解釈でなければ、三条右大臣とした意味が、まるで通じなくなります。
そしてこの歌は、一見、恋心を歌っているようでいながら、実は、不器用だけれど真面目で誠実な責任ある男が、一途に公務に精進する生き様が描かれている歌だとわかるのです。』


☆☆☆☆☆☆☆

今日のねずさんの解釈は、すんなりと受け入れられました。

百人一首の世界が毎回の解説で、より身近なものになってきたのかもしれません。

イタリアの大統領が、あれフランスだったかな?
いろんなゴシップ流していますが、日本は違いますものね。
千年前だって、庶民が公人を見る目は、今とそんなに変わらないですよね。

例えば、中山先生がこの歌を詠んだとして
ねずさん流解釈なら尊敬できるけれど、もし通解どおりだったら受け入れられなさそう(ーー;)

こういう訳は、日本人男子の本質が何であるのかを学んでいないとできないということですね。

凄いな〜とあらためて感動しました。

「君が代」も、「古事記」も、そして「百人一首」も、愛のあり方、男女のあり方をしっかりと教えてくれているのです。

日本って素晴らしいですね♡

Image_2


昼メロとは違うんニャ

確かに、あっちもこっちも昼メロしてたら

日本は守られてこなかった。。

真意の心を理解しないと、いけなかった(>人<;)

ねずさん!

最後まで解説よろしくお願いニャン♪


« 小名木善行先生の☆静御前の舞 | トップページ | 小名木善行先生の☆源平桃と壇ノ浦の戦い »

百人一首」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1969016/55510063

この記事へのトラックバック一覧です: 小名木善行先生の☆百人一首(25番〜27番歌):

« 小名木善行先生の☆静御前の舞 | トップページ | 小名木善行先生の☆源平桃と壇ノ浦の戦い »