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2014年4月

2014年4月30日 (水)

小保方さんのこと。

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久々ののんびりとした日曜日は、アフタヌーンティでのんびりとできました。

外は新緑で、とっても綺麗♪

花もあちこち咲いていて楽しめますね(^_^)

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綺麗は、いっぱい見つけて下さい。

さて最近、小保方さんのことが保守層の対立軸となっています。

残念なことです。

そういう対立を煽ったり、悪意を感じる記事は読まないようにしています。

そんな中で、「つくる会」の藤岡先生が、素晴らしい記事をFacebookにアップされましたので、ご紹介させていただきます^_−☆

☆☆☆☆☆☆☆☆

ネットでデータ管理の欠陥をあげつらう声があり、山中伸弥教授までが謝罪の記者会見に追い込まれた。こういう「あら探し社会」は、研究者を萎縮させ、研究の芽を摘む危険がある。マスコミは日本の科学研究の未来に責任をもってはいない。われわれは、マスコミがつくり出す騒ぎに踊らされてはならない。日本の科学技術の今後に関わる重大な問題である。そのことについて、工学博士の菊地英宏さんが書いているので紹介する。少し難しいところがあるかも知れないが、大事な問題なので、読み取っていただきたい。

 なお、菊地さんとの関係について、一言する。埼玉在住の「つくる会」運動の同志である尾形美明さんが中心となって、「史の会」という不定期のおしゃべりの会を、10年以上にわたって続けてきた。4月27日も十数人が参加して、世の中の森羅万象の出来事について語った。午後4時から7時過ぎまで、我先に発言し、実に4時間にわたって口角泡を飛ばす議論をたたかわせた。そのメンバーのお一人が菊地さんだ。この日は、STAP細胞の問題を現場の科学者として深く憂える問題提起をされた。私もかねてから同じように考えており、これは日本の科学技術の根幹に関わる大問題だと思った。なお、以下に紹介する菊地さんの文章は、4月18日付けでネットに投稿されていたものである。(以下、引用)

【一研究者としての切なる訴えです。

理研の小保方博士がSTAP論文を華々しく発表してからすでに三か月近くがたつ。この間に彼女の立場はめまぐるしく変わった。当初の素晴らしい発見をしたヒロインから疑惑の中心人物へと世間の評価は変わってしまった。

これから、書くことは研究の本質について指摘する内容になる。研究というものを理解しない、もしくは理解しない人々に迎合している一部の人々にとっては不愉快な内容になるかもしれない。しかし、日本の研究の将来を憂いる一人の人間としてこの問題は放置できないのではっきり指摘することにする。

世の中で大勢の人々と関わっていると、その仕事に本質的に必要な要素と、ある意味で必要とされるスキルをごちゃまぜにしている人と良く出会う。そういう人の要領はたいてい悪く、意見を参考にすると船は山に登ることになる。

ここで、一つの重要な事実を指摘する。データ管理は研究者としてある意味必要とされるスキルである。しかし、研究者としての必要不可欠な資質ではない。あるに越したことはないが、より研究の本質とは似て非なるものである。

研究者として本質的に必要なのは、科学的に仮説を組み立てる能力である。それらしい関係性、それらしい科学的なつながりでもよい。とにかく、研究に不可欠なのは科学的な仮説である。より、科学的な表現を使うならば、科学的な常識のうち、よりエッセンシャルで正しいと思われる常識を使って、旧来の常識を覆すことにある。

例えば、アインシュタインは光の速度が一定という仮説をたて、それを従来の科学的な常識のうち正しいと思われるものを組み合わせて、時間が伸び縮みすることや光が重力で曲がることなどを導いた。完成された相対性理論は、従来のニュートン力学を塗り替えたが、基本的なものの考え方はコモンセンスに基づいている。光速一定の仮説とコモンセンスが新しい理論を組み立てた。

研究者としての本来の資質とはこういった考え方ができることをいう。STAPについていえば、従来の受精卵から体細胞への一方向性は、山中ファクターの発見とそれに伴うiPS細胞の存在によって覆った。山中ファクターは体細胞に注入する遺伝子であるが、がん細胞のように劇的な遺伝子の変化が遺伝子の注入だけでなく、細胞が接するストレスによっておこると疑われている以上、遺伝子の一部分の有効無効が切り替わっているだけの違いである体細胞と受精卵の境界を、細胞が接するストレスが乗り越えさせると仮定することは、至極科学的思考に基づいた思考なのである。

こういったことを考えられるのが、研究者としての本来の資質である。幾らデータの管理がうまくても、このようなことを考えられない人は永遠に考えられない。STAPが正しいとわかれば、科学的には大きな可能性が開かれる。それは、何も万能細胞に限ったことではない。遺伝子の初期化のスイッチを入れることが、細胞外の環境によって可能ならば、遺伝子の側にこういったスイッチを入れる要素が用意されている可能性がある。とすれば、細胞が環境によってがん化するスイッチとその原理の解明にも道が開かれるかもしれない。

では、データの管理はどうでもよいのかという質問が聞こえてきそうである。データの管理ももちろん要求されるスキルの一つである。しかし、何度もいうが研究者はデータ管理屋ではない。データの正しい管理も、要求される研究の作法であるからして、もちろんこれから彼女は身につけるべきである。しかし、彼女が起こした、科学的に重要な意味を持つ仮説を、データの管理問題だけを理由に排除することは、あまりに科学をせせこましいものにしてしまうのではないか。

研究の作法は身につけるべきである。それは当然である。しかし、それがいまなかったからと言って彼女を研究の世界から追い出すべきではない。なぜならば、研究の作法は今からでも十分、身に着けることが可能であるからだ。

彼女は研究の作法を知らなかったことを反省すべきだし、レターではなく、フルペーパーに今回の完成度で出してしまったことは残念である。しかし、本質的には十分に科学的に検証すべき新しい仮説を世の中に提示した彼女の功績は大きいと考えるべきである。

研究の作法が身についていても、いつまでも科学的な仮説の入り口にも立てず、博士課程を修了できない人も多い。そういう現実を踏まえれば、貴重な人材を潰すべきではないことがわかるはずである。

科学にとって最も重要な姿勢は新しい仮説に対する寛容さである。日本の科学技術は多くの失敗の積み重ねで成り立っていることを理解しなければならない。可能性の芽を摘んでしまうことが科学にとって最も罪深いことであることを忘れてはならない。】

☆☆☆☆☆☆☆☆

まったく、この通りであると思います。

小保方さんを研究者として抹殺したいと思っている方もたくさんいらっしゃいますが、私はやはり藤岡先生やねず先生の立ち位置を支持していきたいです。

先日の、韓国でのオバマ発言も、藤岡先生は鋭い分析されてらして、安易にネット情報に納得してしまうことは危ない事だと、あらためて痛感しました。

Facebookって、責任の所在がはっきりとわかる形で情報が瞬時に読めるので、とってもありがたいです♡

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日本の心を取り戻すって

難しいニャ。

だけど、がんばりたいニャン(^_^)


2014年4月27日 (日)

富岡製糸場が世界遺産へ♪ \(^o^)/

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朝から嬉しいニュースを見つけました(^_^)

ねずさんの「昔の女工さん」

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1152.html

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2100.html

この二つのブログを読んでから、「野麦峠」が全てではなかったと知って衝撃を受けていました。
それから旅行先で富岡製糸とかの案内があると目が釘付けになったりして、とにかく気になっていました。

それが、今回世界遺産へ登録と知ってビックリ!!!

www3.nhk.or.jp/news/html/20140426/t10014047271000.html
やっぱり、ねずさんのブログは不思議なブログ。
いつもブログの書いたとおりに浸透拡散されて、知らないところで動画になったり、
こうやって遺産登録されたり、になる。

まるで、デスノートみたいだわ(⌒-⌒; )

と、私は真剣に思っています(^ν^)

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これで日本の素晴らしさが

世界に、また一つ認められました♪

嬉しいな〜(^_^)

2014年4月24日 (木)

小名木善行先生の☆百人一首37番から39番

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昨日は、ねずさんの出版記念講演が賑やかに開催されました♪
このお写真をちょっと拝借(^_^)
さすがプロが撮ったナイスショット♪
Tさん、ありがとうございました〜\(^o^)/

さーて、
今回の右近様の和歌は、ねずさん流解説で大好きなものになりました(^_^)

==========
38番歌 右近(うこん)

忘らるる身をば思はず誓ひてし
人の命の惜しくもあるかな

わすらるる
みをはおも
ひとのいのちの
をしくもあるかな

=========
図書館で読んだ子ども向けの解説本で、私を捨てたあなたに神仏の罰があたるのではないかと思うと、あなたの身が心配ですね、という自分を捨てた男への恨みを、いやみを込めて詠んだと書かれていた、というコメントを目にしてビックリ!(◎_◎;)

ねずさんの解説の反対の恨の精神を子どもに教えている本が図書館にあるなんて!!!(; ̄ェ ̄)

『右近は、愛する人に忘れられてしまったのかもしれません。
もう、相手の心はいまさら自分には帰ってこない。
けれど、それでも相手のことを気遣い、心配し、命だけでも長らえてほしいと願っています。
別れた相手のことを、どんなに想ったとしても、いまさら愛し合った時が帰ってくるわけではありません。

それでも、わが身よりも、相手の身を案ずる。

「恋」は、良いときは良いけれど、ちょっと状況が変化すれば、それで終わってしまう。
そういう、いわば軽さのようなものがあるのに対し、「愛」はどこまでも一途に相手を思いやる。
右近は終わった「恋」でも、相手に対する「愛」があるということを、格調高く歌っているわけです。

37番歌の文屋朝康は、「つらぬきとめぬ玉ぞ散りける」と詠みました。
けれど散ってなお、愛する心は、ずっとずっと残っている。
そういうことを、この38番の右近の歌は詠んでいるわけです。

夫婦の間でも、恋人との間でも、あるいは親子の間でも友人との間でも、なにかのきっかけで破談に至るような事態が起こることは、世の中にはあるものです。
それは「裏切られた」と感じるものかもしれません。
失意の底につき落とされるようなショックだったりすることかもしれません。

「それでも相手を想う」
それは、そこに「恋」より深い、「愛」があるからです。
そういう人をこそ、大切にしたい。

そんな意味も、この歌にはこめられています。』

これぞ日本人としての別れの美学の心だと思います。

愛した人と、縁を失ってお別れした後も、ご無事と幸せを影ながら祈るという心を右近様は私たちに語りかけてくれています。

最近では、恨み辛みをネットへの書き込みや裁判で晴らそうという女性のことが、度々ワイドショーで報道されます。
いくら綺麗で魅力があると見えても、パクさんみたいな恨の精神をお持ちの方とは、ご縁がないのが一番です。

この右近様のような心映えは、やはり小町さんもお持ちだったことでしょう。

お二人には似ているところを感じるのはわたしだけでしょうか。

この右近様の和歌の意味がわかると、小町さんの愛した人の息子さんの歌の意味も、また感じ方が変わってきます。

==========
37番歌 文屋朝康(ふんやのあさやす)

白露に風の吹きしく秋の野は
つらぬきとめぬ玉ぞ散りける

しらつゆに
かせのふきしく
あきののは
つらぬきとめぬ
たまそちりける
==========

文屋朝康というのは、あの小野小町の彼氏で、地方転勤を命じられたときに小町に「俺に付いてきてくれぬか」と申し向け、小町が「はい」と答えてくれたという、あのモテ男の文屋康秀の子です。

父である文屋康秀は、たいへんな才能に恵まれた男性でした。
なんたって、本邦最高の美女である小野小町を彼女にしたくらいの男性です。
見た目もよく、教養もあり、まさに優れた男子の典型であったことでしょう。

けれど、その文屋康秀は、愛する小町を「都会育ちの小町には田舎暮らしは難儀であろう」と、焦がれる想いを胸に抱いたまま、単身、地方へと赴任していったという、男としての思いやりとやさしい心を持った男でもありました。』

やっぱり康秀さんは、地方でそこそこの美しくて元気で若い娘さんと結婚して、朝康さんというハンサムな息子さんに恵まれていたのですね(⌒-⌒; )

私の思った通り!!!

そんなもんです。
男の人って。。

だけど小町さんは、右近様のようにいつまでも康秀さんの幸せを願うような女性だったのでしょう。

このような別れは、因果となって残るのだと私は思います。

お父さんの康秀さんが玉のような小町さんを置き去りにしたことの後悔の念が、息子さんに受け継がれたのではないでしょうか。

歴史は繰り返す。

小町さんのような素晴らしい女性に再度巡りあった息子の朝康さんは、何らかの事情で繋ぎとめておく前に、その白露にもたとえられる清楚で美しい戀した想い人を、あっけなく喪ってしまったのではないでしょうか。

戀して、さらに愛し続けた右近さんと小町さん。

戀して、その想いを繋ぎ留めて置くことのできなかった康秀父と朝康さん。

そう解釈した方が、女性の私としてはスッキリします☆〜(ゝ。∂)

『ただ一途に想うのが「恋」。
魂を揺るがすほど熱く心が乱れるのが「戀」』

ということですが、魂を揺るがすほどの熱い心の乱れとはどのようなものか興味ありますね(⌒▽⌒)

そういう「戀」から「愛」を育てる経験をしないと、人間として深みがまさないかもしれません。

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千年前の想いに寄り添うって

楽しいニャン(^ν^)

恋愛にオクテと自称する、ねずさんの次回解説が

楽しみニャン♪

2014年4月17日 (木)

ネット保守っておかしな存在ですか?

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『「STAP疑惑」が持ち上がり、「リケジョの星」と持ち上げられた小保方さんが、「疑惑」発覚後、一転して批判の対象になり、「大きな力が動いている」(4月10日付 週刊新潮)との小保方さんの言葉が伝わると、にわかに小保方さんを擁護する声が、あるクラスタから聞こえてくるようになった。』

『到底「学問」とは相反する「反知性」的な行為を平然とやってのけた小保方さんに対し(これだけでも日本科学界の赤っ恥ではないだろうか)、何故「国の体面」や「国益」を重視するはずの保守派(ネット保守)から擁護の声があがったのか、その根本にある背景を分析してみたくなっただけだ。』

『つまりネット保守の中から沸き起こる、「誰かを批判する」或いは「誰かを擁護する」といった声の多くは、科学的な正統性や、学問的誠実性とは関係がなく、この国の既成の大手マスメディアの反応の「反射」、つまり「アンチ・マスコミ」としての逆説反応が主流になっている、と言わなければならないのである。』

bylines.news.yahoo.co.jp/furuyatsunehira/20140416-00034559/
より引用させていただきました。

ねずさんが、小保方さんの記事を書いたので、あちこちから反響がありますね。

ですが、この評論家の方が書かれた論評は、全くピンと外れていると思うのは私だけかしら?

だって、最初から印象操作みたいな感じで読者を誘導している。

「大きな力が動いている」(4月10日付 週刊新潮)から、ねずさんは書いたわけではないでしょう。。

最先端研究している研究者に対しての報道のしかた、があまりに下劣で行き過ぎた報道内容だったのが、堪忍袋の緒が切れたみたいに黙っていられなくなってブログに自分の意見を書いただけ。

『「国の体面」や「国益」を重視するはずの保守派(ネット保守)』

というくくりにも違和感があります。
それも大切かもしれませんが、それよりもっと大切なこと、天皇と皇民の関係からの日本の心を学んで、日本人としての心の持ちようを取り戻すことも大切だと、毎日ブログで教えてくれているのが
「ねずさんのひとりごと」です。

『つまり「アンチ・マスコミ」としての逆説反応が主流になっている、と言わなければならないのである。』

評論家の方は、このように結果付けされましたが、それはそれでいいのですが、「アンチ・マスコミ」として小保方さんの一連の記事をねずさんは書いたのではないのに、この結果付けに、ねずさんのブログが取り上げられたというのは、印象操作みたいに感じてしまいます。

この評論家さんは、毎日ねずブロ読んでいないのに、よくわかりもしないでこのような批判記事を書いているというのは、ご自分も

『客観的な事実に基づく批判や擁護といった審美眼』

をお持ちでないのではないか?

と思ってしまいました。

だけど、ネット保守とか2チャンネルとかで、新しい保守に興味を持って保守の世界に飛び込んだ人々を、貶めるような書き方は気分悪いな〜。

ネットから入らなければ、どこから入るの?
誰も教えてくれませんよ。

まずは、ネットで調べてから興味を持って、保守的立場になるとおもうのですが。。。

何だか、こんな風に色眼鏡で保守系評論家に見られていると思うと、悲しくなりました(T_T)

エーンエーン(T_T)

このような、ネット保守を蔑視したようにとれるレッテルはりを、味方陣営の保守?評論家からされるということは、重要な問題です。

この方、反日の方ではないのですよね?

たしか保守だったような。。

これは、重鎮保守が、若手リーダーをしっかりと育成できてこなかった!ということです。
なにも、理研ばかりを責められません。

日本という国が、科学者も保守評論家も、日本的価値観で育成できなかったということ。

今回の小保方問題は、科学者でない一般の人が問題にするとしたら、ここのところではないでしょうか。

だから、「日本を取り戻す!」とみんなが口にしているのです。


小保方さんの諸問題、このように味方陣営をバカにしたような評論を書く、若手リーダー、
こういうのって、何だか悲しいな。。

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ネット保守だって、いろんな人がいるよ。
アンチマスコミに洗脳されてもいないし、他国のこと悪くいいたくないけど、言わなければ日本の名誉が守れないから、頑張って発言している人。
そういうネット保守を、お願いだからこんな風にレッテルはりしないで下さい。
ただ、私たちは、日本の素敵を知りたいだけ。

私は、応援保守。

古谷さんが、素敵な保守リーダーになりますことを楽しみにしております(⌒▽⌒)



2014年4月16日 (水)

小名木善行先生の☆百人一首(34〜36番歌)

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先日、あまりに美しかったので思わず写メしたものです。
金鶏色といって、このような光に包まれると幸運が訪れるそうです(⌒▽⌒)
いいことあるといいな〜*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

さて、今回の和歌で一番気に入ったのがこちらです⤵︎




===============
35番歌 紀貫之(きのつらゆき)

人はいさ心も知らずふるさとは
花ぞ昔の香に匂ひける

ひとはいさ
こころもしらす
ふるさとは
はなそむかしの
かににほひける
===========

『そしてこのお馴染みさんの賓客に、女将さんが「あら、おひさしぶりでございますわね。私もずいぶんと歳をとってしまいましたが、このように宿は昔のままでございます」などと声をかけるわけです。
すると紀貫之が、それが家の中なら、花瓶に挿してある梅の小枝から、表ならば、すぐ脇にあった梅の木から、小枝一輪を手折り、黙って、
「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける」という句を女将さんに手渡すわけです。
まさに絵になるかっこよさです。』

『「それって、わたしがおばさんになって、容姿が衰えたから?」と聞いた女性がいたのでしょう。
女性は、いくつになっても、自分の容姿を気にします。
けれど男性にとっては、容姿よりも心こそが妻として大切なことなのです。
人間、歳をとれば、誰しも若い頃のような容姿も姿態もありません。
しかし、逆に年輪を重ねることによって、心がけしだいで、心根の美しさは倍増していきます。男も女もです。

女将のそんな言葉に、紀貫之は、黙って梅の花を一輪、その場で手折って差し出しました。
そして、「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける」と詠んだのです。

他人様がどうなのかなんて知らないよ。
けどね、君は私の心のふるさとなんだ。
そして、そのふるさとは、昔のまま、ずっと同じ香りに匂っているのだよ。。。。

それが男として、その女性を愛しく思い、愛し続けた率直な気持ちだったのです。

最近の能科学の研究で、性欲と愛情は、脳の別な場所が反応していることが確かめられたのだそうです。
女性は、自分の若さや容姿の美しさをとても気にするけれど、男性にとっては、長年愛し続けた女性は、外見よりも、その心への愛が先行します。
愛と性は別ものなのです。』


『その歌人紀貫之が残した数々の歌(435首)の中から、藤原定家が、唯一、百人一首に選んだ歌が、この35番歌の「花ぞ昔の香に匂ひける」です。
情愛の深さ、梅の花一輪を手折って、即興の歌とともに差し出した風情、そしてその心。
30番歌、31番歌、32番歌、34番歌と、仕事に生き、仕事に打ち込む男性を描いた歌の続きに、藤原定家が選んだのが、この紀貫之の「花ぞ、昔の香」の歌でした。

どんな時代でも、およそ人間である以上、この世には男と女しかいないわけです。
個人主義の世の中では、個人にこだわるあまり、男と女が対立と闘争の関係だなどと言い出す昨今ですが、男が女を愛し、女が男を愛するということは、人間が人間である以上、過去も現在も未来も、決して変わることのないものです。

そして男子たるもの、いつまでも愛する女性に心の花の香りを見ていたいし、女性も男性の愛を感じ続けていたいのだろうと思います。』

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

いや〜〜(⌒▽⌒)
和歌っていいですね〜♡

今日も、たくさん感動しちゃいました!!

私も、

他人様がどうなのかなんて知らないよ。
けどね、君は私の心のふるさとなんだ。
そして、そのふるさとは、昔のまま、ずっと同じ香りに匂っているのだよ

なーんて言われて梅の花もらってみたくなりました!!!

もう、これって最高の殺し文句じゃありませんか?

紀貫之さん、やるわ〜〜\(^o^)/

でも、私だったら
「年を経ても、君はいつまでも美しい。
この梅の香りが変わらないのと同じように」
と言われて、優しく抱きしめてもらう!!
のが、いいですね☆〜(ゝ。∂)

しかも、単身赴任なんてもってのほか(ーー;)
いつもそばにいないと、忘れちゃいますね〜。
女性って、リセット、上書きですから。
多分、それは過去も現在も未来も変わりませんね。

そこが、男性の理想とは違うんです!!

ごめんなさーい(⌒▽⌒)

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こんな感じがいいかもニャ( ̄ー ̄)

youtu.be/NBVzeVbfYh8


2014年4月15日 (火)

小名木善行先生の✩「和」と「結」と「天命」ということ

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ねずさんの第二巻を読み終わりました♪
大好きな、お話ばかり詰め込まれているので
全部知っているじゃん(⌒-⌒; )
とか最初のうちは、思ってしまいました。

ですが、第一巻を読んで歴史上の心のわだかまりが溶けたので
今回も、何らかの奇跡があるかもしれないと読み進めて行きました。

後半の部分で、
〈天命と日本人の生き方〉
つまり、黒沢登幾は二十年という長きにわたり、天から薫陶を受け続けたわけです。

という部分まできた時、文字がキラキラと輝いたように感じました。

それで、私が心の中でくすぶっていた疑問の正体が、はっきりとわかったのでした。

人には、それぞれ天命というものがあります。

私には、私なりの天命ですから、それほど心身を痛めつけるような厳しい困難ではありません。
それよりも、ぬるま湯の中で暮らさせていただけるような有難い人生を過ごせて来たように思います。
だから、こんなにボンクラ(´・_・`)

そんな中でも、人との出会い、別れがあり、それはともすれば私を臆病にしたり、辛くさせることもありました。

男性は、ねずさん流百人一首にもあるような
条理に外れたことはしない、という厳しさを貫く武人としての生き方があるようですが
私は武家ではないし、そんなのさっぱりわかりません。
商人の出だから、かなり現実派!!
のつもり。。(⌒-⌒; )

だけど、この部分を読んだ時
私の天命は〈癒し〉だったかも、と理解できました*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
傷ついた魂を、そっと〈癒す〉

癒された魂は、私の元をふっとすり抜けていく。

ウットリ♪

そんな繰り返しが、
あったかも( ̄▽ ̄)

と美化した思い出を回顧しました。

それは、寂しいことではなく、嬉しいことだったのです。

これからも、ご縁のある魂を癒していくかも。。。

と予感した、不思議な本でした!!!

ねずさんに大大感謝\(^o^)/

ありがとうございました(^_−)−☆

Image_5youtu.be/CvyV0A1gTa8

中山恭子先生のアルカイーダのボスとの人質救出の秘話も、見逃せません!!

恭子先生は、「癒し」の達人かも

2014年4月10日 (木)

小名木善行先生の☆[緊急投稿]国は小保方晴子さんを護れ!

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一昨日は、今年最後のお花見に行ってきました。
とても暖かで、穏やかな、風のない素敵な一日でした。

youtu.be/piqQxe6jeRc

こんな風に感じるのって、百人一首的ですね\(^o^)/


さて、緊急拡散です!

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2233.html?sp

『ところが日本の場合、これだけの大実験であっても、理化学研究所は特殊法人とはいえ、要するに民間任せです。
民間団体というのは、利益でどちらにでも寝返るものです。
そしてたとえそれがどんなに国益を損ねようと、自分だけが儲かれば良いというのが、民間団体です。

それがわかっていても、政府はその民間団体の内部で起きた問題には、「理研の内規に従ってご対応いただくしかありませんな」というコメントの発表くらいしかできないでいます。
これが戦後の日本国政府の体たらくです。

日本は、個人主義ではなく、集団性を重んじる和と、結いの国です。
小保方さんの問題は、単に小保方さん個人の問題ではなく、日本の国益の問題、すなわち、わたしたち国民ひとりひとりの問題です。

私は、むしろ小保方さんを、いまは国家の力によって完全に保護し、彼女の実験をささえて、将来の国のために、そして世界中の困っている人のためのお役に立てるようすること。
それこそが、いま、いちばん必要で、求められていることと思います。』


まさに、ねずさんのご意見の通りだと私も思います。

何でも、物事は一つの側面からは判断がつきません。

原子力発電のことだって、原発反対、原発賛成、どちらの言い分も専門家がいうことですから正しいのでしょう。

ただ、現状をどうしていかなければいけないかということに対しては、世論は中庸な目を失ってはいけないと思います。

小保方さんに関しても
彼女の容姿とはまったく関係ないのに、批判材料になっていることすらおかしいし。
これだけの、大発見がすんなり認められるはずもなく、疑惑や策謀に貶められることもあるだろうし、
たくさんの難しい問題が潜んでいると思います。

やはり、これは民間レベルに任せるのではなくて
国家レベルの機密としての扱いで保護していただかないと
研究も、研究者の命も危険にさらされてしまうと思います。

後に続く研究者のためにも、より良い方向に向かうことを心から
お祈り致します☆

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小保方さんや研究者の皆様に

神様のご加護がありますように。


2014年4月 8日 (火)

小名木善行先生の☆百人一首(31〜33番歌)

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ひさかたの 光のどけき 春の日に

のように、今日は本当に暖かく穏やかな春の日ですね。

桜が咲いて暖かな日があると、もうずっとそうなんだ!
と思いがちですが、春のお天気って猫の瞳のように安定しないものだったんですね。

今日のねずさんのブログを読んでしみじみと納得してしまいました。

(私の心も、猫の目のようでしたっけ )


だけどねずさんは、助詞とか枕詞とか擬人法とか、古典にやけにお詳しいのですが。。。

参考書片手に調べながらかいているのかしら??

謎だわ〜。。。

そして文法解説、通訳、のあとに
ご自分の独自の解説をなさっています。

天才!(◎_◎;)

この百人一首のねずさん流解説は、まさに保守のバイブルみたいなものになってきました!

左翼的学者の敵
反日工作員の敵

ですから、ご注意ください(´・_・`)

さて、藤岡先生のねずさん評をFacebookで見つけましたので、ご紹介致します♪

『「ねずさん」こと小名木善行さんは、啓蒙家として素晴らしい能力とセンスをお持ちの人気ブロガーです。多くの人に感銘を与える沢山のお話を、主にネットのブログ「ねずさんのひとりごと」を通じて公表してきました。』

ふ〜ん!
啓蒙。。
意味、なんとなくしかわからないので調べました。

■ 大辞林 第三版の解説
けいもう【啓蒙】
( 名 ) スル
人々に新しい知識を与え,教え導くこと。
「庶民を-する」


なーるほど(^.^)

その通りですね♪

藤岡先生、さすがです\(^o^)/

そういう観点から今日のねずさんのブログを読むと、最も啓蒙的な解説はこれだと思います。

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2222.html?sp


31番歌 坂上是則(さかのうえのこれのり)

朝ぼらけ有明の月と見るまでに
吉野の里に降れる白雪

あさほらけ
ありあけのつきと
みるまてに
よしののさとに
ふれるしらゆき
=========

『簡単に現代語訳すると「吉野の里に降っている白雪って、まるで明け方の月の光とみまちがうほどですね」といった意味になります。』


『坂上是則は、奈良県にある吉野の里にいて、遠く都を懐かしんだだけなのでしょうか。
日本では、なんの意味もなくただ感傷にふけることを、古来、女々しいといいます。
征夷大将軍の子孫であることを自覚する男が、ただそれだけの歌を詠み、それが古今の名歌になる?
ありえないことと思います。』

『一見すると、ただ夜明け前の月明かりを詠んだ歌のようでいて、実は、たとえどんなに不本意であったとしても、夜明け前の暗さに、夜明け前の雪明かりに、そしてこれから昇るであろう太陽に希望を託し、未来を夢見て行こうじゃないか。

「どんなところにも、そしてどんなに底冷えのする冷たいときであっても、陽はまた昇る。」

この歌は、ただ字面にある風景の情感を詠んでいるだけでなく、(もちろんそれだけでも情景の美しさはありますが)、決してそれだけの歌ではなく、そういう どんなときにも希望を捨てない、そういう、くじけない心を詠んだ歌なのです。』


疑問から、日本的価値観によって、ねずさん流百人一首解説になっています。


素晴らしいです。

百人一首が、本当に素晴らしいと感じられてきます。

次回も、また来週の火曜かな?
楽しみです♪♪

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ちょっと一言言わせてもらうニャ

ねずさんのブログを

「他人の取材結果をコピペした結果人気ブロガーになった」

と批判する方がいるのだけど

これだけの啓蒙ブログを、毎日毎日書き続けることの大変さが、わからにゃいのかな〜

どんなに時間をかけて、寝る間をおしんで、
しかも無報酬で、命を削るようなハードさで、
日本の心を伝えるために、ねずさんが日々ブログを更新されてるということを想像したら
こんなこと書いて批判なんかできないはすニャン。。

惻隠の情っていうのを、学んで欲しいニャ( ̄▽ ̄)


2014年4月 4日 (金)

小名木善行先生の☆源平桃と壇ノ浦の戦い

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今日は花の雨になってしまいました。
東京の桜はいつまでもってくれるのか、少し気がかりです。
来週は、新緑が美しくなっているのでしょうか。

Facebookでは、東京大神宮にこのお写真の源平桃が咲いているそうです。

源平桃のことは、ねずさんのブログにありました。

私の好きなお話の一つです♡

nezu621.blog7.fc2.com/?mode=m&no=1489

『実はこれ、桜ではなく、「源平桃」という花桃の木です。
名前の「源平桃」は、白=源氏、紅(赤)=平家が入り乱れて戦った「源平合戦」に例えられこの名が付いたのだそうです。

おもしろいもので、この花、咲き方は土壌やその年の気候によって、同じ木でも、白やピンクの花のつきかたが毎年違いというおもしろさをもっています。

よく、桃自体は支那が原産といわれますが、これは要するに桃が温帯性の植物であるというだけで、桃自体に国境があるわけではありません。
もともと支那から日本にかけて広く分布していたものです。

本によっては、「桃の木は江戸時代の初め頃に日本に渡来した」などといけ図々しく書いているものもあるようですが、それはウソです。

だって古事記にちゃんと桃は出て来る。

イザナギが黄泉の国に妻のイザナミを尋ねて行った帰り道、追って来る黄泉の国の怪物達に桃の実を投げて、これをしりぞけています。
桃は古くから日本にあったのです。』

ねずさんのブログは、百科事典のようで便利だわ♪
しかも、百科事典よりもわかりやすくって面白い(^_^)v


そんな、ねずさんのブログの第二巻がもうじき発売ですね。

とっても楽しみです!!


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4月12日発売でーす♪

待ち遠しいわ\(^o^)/


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