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2014年5月 9日 (金)

小名木善行先生の☆百人一首(40〜42番歌)

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昨日のねずさんのブログの中で、ガラシャ夫人の辞世の句が紹介されていました。

 『散りぬべき時知りてこそ世の中の
 花も花なれ 人も人なれ

細川ガラシャ夫人は、戦国時代を代表する美人の誉れ高い女性です。
関ヶ原の戦いの少し前、やってきた石田三成の使いに捕らえられそうになり、家老の小笠原勝寄に、ふすま越しに槍で胸を突かせて自害しました。』

というところに、一日想像を巡らせて感動していました。

お市の方も同じお気持ちだったのでしょうね〜

私には、この死の受容がなかなかできなくて、
これから訪れるであろう大切な人とのお別れの受容なんて無理。
考えたくもありません。

そして、電車の中で観て
感動のあまり泣きそうになってしまった昭和天皇とマッカーサーの会見をお話ししているねず先生の動画。

youtu.be/e3Gh1_YhNDs

前に、ねずさんのブログで読んでいましたが、ねず先生のお話でさらにグッ!!っと心に響きました(T . T)

何て偉大な天皇さまなのでしょう。。。


さて、今日の百人一首は男の純情がテーマだそうで。。

==========
40番歌 平兼盛(たいらのかねもり)

しのぶれど色に出でにけりわが恋は
ものや思ふと人の問ふまで

しのふれと
いろにいてにけり
わかこひは
ものやおもふと
ひとのとふまて
=========

41番歌 壬生忠見(みんぶのただみ)

恋すてふわが名はまだき立ちにけり
人知れずこそ思ひそめしか

こひすてふ
わかなはまたき
たちにけり
ひとしれすこそ
おもひそめしか
==========

42番歌  清原元輔(きよはらのもとすけ)

契りきなかたみに袖をしぼりつつ
末の松山波越さじとは

ちきりきな
かたみにそてを
しほりつつ
すゑのまつやま
なみこさしとは
==========

〈歌にある想いには、自分を捨てた女性に対する恨みのようなものは微塵もありません。
むしろ、捨てられてなお、相手のことを想い、慕い、変わらぬ愛を抱き続ける純情と、そういう友を気遣う男友達のやさしさが、この歌からあふれ出ています。

どこまでも純。
どこまでも男。
そして男は、どこまでも女にやさしくあるべきという、日本男児の心が、この歌のテーマになっているのです。

前にも書きましたが、恋は、まさに糸がからまるよに激しく、そして悶々とする「戀」そのものです。
それだけに、熱く募る想いは、いきおい歌のテーマになりやすいものです。
そして百人一首に描かれる戀の歌は、そこに純情というひとつの糸が、ずっと通っているのです。
それが、いくつになって、いつまでたっても変わらない、大和男の心なのです。〉

確かに、女性が大切にされていた文化であるということはよーくわかりました。

このような心は、縄文時代から、いえ、もっと以前からあったのだと思います。

日本の国土には神様がいらして、その上に住む人間を感化しているのだと思います。

こういう時には、神様という存在が強く感じられるのに、

死に対する受容ができない、という矛盾を抱えております(ーー;)

あと、今回の和歌3首は私の心には届かない。

なんでだろう。

多分、これは男性と女性の恋に対する思いの違いからなのではないかしら?

そのうちわかるかな?

Image

大和男の純情ってニャンだろ。。

猫には、にゃいな。。
ただ、ゴロゴロするだけニャ(⌒▽⌒)

フワフワのスリスリ♪

最高にゃー♡

youtu.be/B2zpmXNbEVk

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