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2014年6月

2014年6月27日 (金)

小名木善行先生の☆百人一首(第16回)50〜53番歌

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楽しみにしていた、ねず先生の百人一首の解説もついに50番台に突入しました。

私にとっては、名前がたくさんでて来ると、しかも似たような名前ばかりで、こんがらがってわからなくなりますので、家系図を、探してきました(^_^)v

道綱の異母兄弟には、源氏物語で有名な道長がいるのですね。

そのお二人のお父様が兼家。

兼家の側室が道綱の母です。

最近、百人一首を理解する上で、どのような婚姻関係があるのかを下調べしないと、現代のような結婚と勘違いして、間違った感想をもちやすいので危険です。

道長と道綱のお母様同士は、姉妹。

さらに複雑です。

現代では、推し量れない社会秩序があったのでしょうね。

それでも言えることは、千年前でも女性が道綱の母や、紫式部のように時の最大権力者に対しての嫉妬や不満を文学として残せる日本は、素晴らしい国柄だったのだな〜ということです。

しかも、寵愛されている時ならいざ知らず、寵愛されなくなっても人間として尊重された証拠です。

他の国なら、殺されるかもしれないし、食べられちゃうかもしれないし、売られちゃうかもしれない。

ましてや文学として残っているなんてありえないことでしょう(⌒-⌒; )

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53番歌 右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)

嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る

なけきつつ
ひとりぬるよの
あくるまは
いかにひさしき
ものとかはしる
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この右大将道綱母というのは、藤原道綱の母といった方が馴染みがあるかもしれません。
衣通姫(そとおりひめ)、小野小町(おののこまち)と並んで、本朝三大美女のひとりに数えられる女性です。
10世紀の女性で、「蜻蛉日記(かげろうにっき)」の著者としても知られています。

「蜻蛉日記」は、平安女流文学のさきがけとなった日記文学で、もしかすると世界最古の女流文学書といえるかもしれないものです。
「蜻蛉日記」の成立が975年頃、清少納言の「枕草子」が996年頃、紫式部の「源氏物語」が1005年頃の成立です。

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道綱の母の歌は、その歌の出展ともなっている蜻蛉日記を見ると、女性の立場から、帰らぬ夫(兼家)に対して、「他の女性のもとに通っているのでは」と嫉妬に胸を焦がす様子が書かれていますが、では実際に兼家が、ほんとうに別な女性のもとに通っていたのかといえば、実は、そうとばかりもいえないのです。

なにせ関白太政大臣です。公人なのです。
この世のありとあらゆる出来事について、実情を把握し、決断をしなければならない地位にあります。自分の私的な時間を過ごせることのほうが、むしろ珍しいという情況にあるわけです。
しかも、子を産み、子孫を残さなければ、せっかくの摂関家となっていても、家は廃絶となってしまう。
ですから、どうしても子をつくらなければならい。兼家にしてみれば、それもまた仕事のうちなのです。

ただ愛を求める女性と、公人として仕事に責任を持たなければならない男性。
どちらも愛の炎に焼かれながら、かならずしも自由な時間を持てない男性と、ただひたすらに男性の愛を求める女性の愛しさ。


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そうですね〜

今でこそ、女性も愛に生きる以外のたくさんの選択肢ができましたが、

少し前の日本では、女性は子として、妻として、母として愛に生きることが全てであったと思います。

ねず先生流百人一首を通して、愛に生きる健気で一途な女性たち、男女間の戀と同じように、公のキミに対して私心を捨て、忠義の心で頑張った男性の生き様が、よーく理解できました。

そして寵愛を失っても、母として立派に役目を果たした道綱の母は、讃えられるべき存在ですね。

ですが、現代人の私としては
お婆さんになったとしても自分だけを愛してもらえる一夫一婦制の現代に生まれて良かった(^.^)
嫉妬という感情は、疲れますものね(>人<;)

きっと、こんな時代が来ることが、永年女性たちの悲願だったのではないかしら。

ずーっと昔から、伊勢や小町のように現代風の「恋の達人」がいらしたということも、とっても嬉しいことです\(^o^)/

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千年前の、彼女たちが現代に生まれ変わったとしたら。。。

どんな人生を選択するのだろう。

きっと、持って生まれた美貌と才能で

いつまでも愛され続ける人生を選択するに違いない。

妻として、母として、縛られる生き方はしないのではないかしら。

もしかしたら、逆に男性を嫉妬させるような自由奔放な戀を選択するかもしれない。

自分自身を幸せにする為だけの人生を、謳歌するかもしれないな。

youtu.be/skUD_eWldZY

2014年6月26日 (木)

小名木善行先生の☆対馬丸事件のこと

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今日は、ねず先生の百人一首がアップされましたので、またまた平安時代にタイムスリップして楽しんでいました。

そこにテレビから、アメリカの魚雷で沈没した、沖縄から長崎に疎開しようとしていた学童を乗せた対馬丸の慰霊祭に参加されるために、飛行機にお乗りになられる天皇皇后両陛下の御姿の映像が、映し出されました。

headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20140626-00000343-fnn-soci

70年間、この悲劇に見舞われた同世代の子供たちのことを、気にかけてらしたようですが、初めての慰問ということに、何だか違和感を感じました。

アメリカにとっては隠しておきたい対馬丸事件です。
ところが、両陛下が慰霊にいらっしゃることで、この事件を忘れていた、または知らなかった若い世代に注目され、ネット検索されることでしょう。

そうして、今話題沸騰の従軍売春婦問題の真実、アメリカによる戦争時における残忍性、売春婦どころか民間人大量レイプ殺害の事実が広まってくるのではないでしょうか。

70年目にして、やっと慰霊していただけるということに、やはり八百万の神々のお導きと、日本の汚名を晴らすご意志が働いているのでは?
と感じる方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。


ねずさんは対馬丸事件のことを、二回ブログでアップされています。

◼︎立ち上がろう日本
2012年10月27日10:21 教育問題
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1680.html


◼︎対馬丸事件
2012年10月28日08:04 沖縄
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1681.html


この度の、両陛下の対馬丸の悲劇への慰霊を、対馬丸のことを知らなかった人達が、ネット検索をすると思います。
その時、ねずさんのブログにたどり着けるように、たくさんの方がこの二つのブログを拡散していただけたらいいな〜と思います。

そこから、GHQによる日本貶めの洗脳から解放され、真実を知るきっかけとなると確信します!!

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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分からないことは、ねずブロ検索すればたいていわかるよ。
とってもわかりやすく
寝ずに書かれたブログは
今では日本の歴史を正しく知るための百科事典になっている。

本当に助かる!!

ねずさん、ありがとうございます^_−☆


2014年6月24日 (火)

小名木善行先生の☆日本の台湾統治

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今日は雷が鳴り響いたかと思えば、一気に晴天になり、またざーっと雨が降ったりと
不安定なお天気です。
お気をつけて、お過ごしください(^.^)

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以下の記事は、2009年7月25日のものをリニューアルしたものです。

6年前のものには、以下のことが書かれておりますので
ご紹介致します♪


『昨日の記事でご紹介した昭和天皇の大東亜戦争開戦の詔勅に、

「東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、私が常に心がけている事である。
そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである」
という一文がありました。
上のニューヨーク・タイムスの記事は、その陛下のお言葉通りの統治が、台湾で行われたことを如実に物語っています。

実は、満州も同じでした。
満州においても、日本は最大限の貢献と努力をし、崩壊した清王朝の治世の近代化と社会的インフラの整備を行った。
朝鮮半島も同じ。
パラオも同じ。
インドネシアも同じ。
日本が統治したそれぞれの外地は、みな等しく、社会的インフラが整備され、社会資本と社会制度が整い、教育が充実し、瞬く間に近代化し、農産物等の生産高も飛躍的に伸びています。

英国はインドをはじめ、世界各国を統治したけれど、その国の民衆は貧しいままに置かれていた。
アメリカは、フィリピンを戦後もずっと統治したけれど、現地の人々はずっとずっと貧しいままだった。
五族共和とか、八紘一宇とかいうと、いまどきの人は、右翼だの軍国主義的発想だのというけれど、ぜんぜん違う。
まさに、万国共栄を、読んで字のごとく図ろうとしたのが日本です。

世界の歴史をひもといて、他国に行き、他国を統治して、これほどまでにその国の発展に寄与した国家が、歴史上、日本のほかにありますか?
戦前の日本の軍人さんも、軍族も、民間人も、みんなこういう理想のもとに働いたから、理想があったから、そして実績があったから、それを正しいと信じたし、命がけで戦うこともできた。

このブログで、なんども書いているけれど、戦前の日本の軍人さんや軍族、民間人すらも、命を捨ててまで戦うことができたのは、なにも、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓があったからでも、上官の命令があったからでもない。

階級闘争主義者の人は、命令すれば人は動くものだとなにか勘違いしているけれど、それは断じて違う。
ひとりひとりが、誰かのために、互いの信頼を勝ち得るために、そして信頼を守り抜くために戦った。
そのことを、日本は末代までもずっとずっと語り継がなければならない、守り抜かなければならないと、ねずきちは思うのです。

7月22日、皆既日食がありました。
皆既日食は、古いものが新しいものに生まれ変わる節目にあたるのだそうです。
それを日本国内の政権交代などに結びつける人がいたけれど、それは違う。
なぜなら、皆既日食は地球規模のものだからです。決して日本だけのものじゃない。

そして、ボクは、その皆既日食を、共産主義によってもたらされた階級闘争主義や、契約至上主義といった、これまで世界でもてはやされてきた価値観が崩壊し、新たに“相互信頼主義”という日本人にとっては古くて新しい概念が、世界を覆い、世界に安定と繁栄をもたらす節目であると思っています。

そしてもうひとつ。
この記事は、英国人記者が自分で取材して、ロンドンタイムスに掲載したものを、翌日にニューヨークタイムスが転載したものです。

英国人記者によって、こうした報道がなされたわけです。
そして書いてあることは、ことごとく事実です。

私の主張は、歴史は「学ぶべきもの」である、ということです。
なんのために学ぶかといえば、それは今に活かし、未来を拓くためです。
その視点からみたとき、この記事は、日本が素晴らしい台湾統治をしたということだけでなく、こうした広報活動を、むしろ日本は世界にむけて、大金をはたいででも、ガンガンやるべきではなかったろうか、ということです。
そしてそのことは、欧米の植民地政策に対する、ものすごく大きな警鐘になったろうと思うのです。

というのは、ひとことで「列強の植民地政策」といいますが、その受益者となっているのは、欧米列強諸国の中にいるほんのひとにぎりの植民地支配をしている「◯◯家」でしかありません。
他の多くの一般市民(庶民)にとっては、何のメリットもないどころか、命の危険さえも生むものでしかなかったのです。

もととも植民地支配を行った者たちは、白人であっても、もともとは「ならず者」の一団です。
そのならず者が、植民地支配といえば聞こえはいいですが、国ごと強盗することで、私財を肥やし、そこで産まれた豊富な財力で欧米貴族社会に食い込み、贅沢三昧な暮らしをしていたのです。
そしてその贅沢は、あくまで一部の、もと強盗でいま貴族と呼ばれるようになった者たちだけの冨であり、一般の庶民の生活は、極貧に等しいものだったというのが実情です。

そしてそれが19世紀の終わり頃から20世紀初頭にかけては、市民革命のうねりのなかで、市民の票が社会の構造を変えて行くという流れになっていた時代に変化していました。

そういう背景のもとで、実は、植民地経営は、ただの収奪ではなく、真にその国の社会や人々の暮らしを良くするものだ、あるいは、そういことが現実にできるのだ、ということを、もし、当時の日本が積極的に海外向けに広報し、宣伝していたら、世界の民意は、また別なものになった可能性は否定できないと思うのです。

ところが現実は違いました。
蒋介石や、張学良などの支那で一定の利権を図る者たちが、民衆の幸せのためではなく、欧米の植民地利権者たちと同様、自己の利権のために反日プロパガンタの捏造宣伝を、それこそ世界に向けてガンガン宣伝していたわけです。
そして、一部の大金持ちたちの利権保持のために、一般の市民が徴用され、戦争によって命を奪われていました。

日本は逆に、民衆の利益、民衆の生活を守るために軍を編成し、戦っていました。
それが真実なら、日本はそのことを大々的に世界に向けて広報し、宣伝すべきであったろうと思うのです。

日本は、ずっと控えめでした。
それは日本人の美徳でもあります。
けれど、それだけでは、人々は眼を覚まさないのです。
目を覚ますには、目覚まし時計が必要なのです。

目覚まし時計だって、買って来なければ手に入りません。
その結果、寝坊して、気がついたら他国の利権者たちに包囲され、戦争をせざるをえないところまで追いつめられた。
それが戦前の日本だし、それはもしかしたら、いまの日本もまったく同じなのかもしれません。

正しいことをするとき、「男は黙って」というのは日本人の美徳です。
しかし世界の中では、「私がやりましたぁ!」と宣伝しなければ、逆に「悪いことをしている」などと、捏造までしてデタラメに白黒を反転させられてしまうのが世界の現実です。

そういう意味で、冒頭の台湾統治の紹介文は、英米の新聞に載ったよといって喜ぶことではなく、後生の我々からすれば、むしろ、この程度のことは、政府自身が総力をあげて、広報し、宣伝し、拡散し、世界をむしろ教導するくらいでなければならなかった、日本の統治の素晴らしさが、世界の常識として完全に定着するように、繰り返し日本の、それこそプロパガンタといわれるくらい、広報努力をすべきことだった、その反省材料としての新聞記事といえるのではないかと私は思います。』


自称「普通のおじさん」のねずさんですが、ブログ設立した時からやっぱり素晴らしい内容です。

リニューアルされる前の過去記事も、お薦めします♪


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台湾のこと


沖縄のこと


たくさん、学ばなければならないニャン♪


2014年6月14日 (土)

小名木善行先生の☆大きな力

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今日は、良いお天気です♪

最近、日心会の価値とか、意義とか、いろんなことを考えています。

私みたいな、わからんちんに、なにができるのかな〜?


そんな疑問に、今日のねずブロに答えが書いてありました。

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日本は、いわゆる上意下達の国柄ではありません。
あくまでも民が主役であり、民が国を支え、国を変える、そういう国です。

だからこそ、いま、日本を取り戻すためには、社会の上位にいる政治家がどうのこうのとか、内閣がどうのとか、もちろんそれはとっても大切なことですけれど、日本人が変わらなきゃ、何も変わらないということなのです。

その日本人を変えるのは、他の誰でもない。
目覚めたおひとり、おひとりが、自分にできるほんのちょっとのことでいいから、日本の素晴らしさを、拡散する。
ひとりにできることなんて、たかが知れているかもしれないけれど、そのほんのちょっとが積み重なれば、力になる。

そして、新たらしい時代を築く、その足がかりになるものを、みんなで応援していく。
かつて、ちびっこたちが、なけなしのお小遣いで、「俺たちが支えるんだ」と意気込みながら、みんなで回し読みしていた少年マガジンや少年サンデーは、漫画家と多くの作品を育て、それがまた、残酷物語とまで形容されるアニメーターたちの食うや食わずの努力によって、アニメ化され、テレビ番組や映画となり、そしてきがつけば、それが世界に対等と協和、和と結い、そしてシラスとウシハクを、物語として伝え、広め、世界を変えるエネルギーにまで大きく育っています。

小さな積み重ねこそ、日本を変え、世界を変える。
私は、小さな積み重ねこそが、世界最大最強の偉大な、そして大きな力なのだと思うのです。

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これだな。

こういう小さな積み重ねを、していくのが日心会。

これなら私にでもできる。

保守と自負している方でも、いろんな価値観、拘りがあります。

ねずさんや中山先生のように、歴史を謙虚に学び
それを今に生かして、度量の広い保守の方から、学んで、それを伝える。

私には、中部ブロックのような素晴らしい勉強会は開けなくっても

毎日、ねずブロで学んで(本当にわかりやすくって、助かります!)、お友達にも語り伝えていく。

保守でも、主張することは細かくいろいろちがうのだけど、
左翼的価値観保守の人と話した時に、慰霊顕彰や国の形というものを、ねずさん流発想で、笑顔で大らかに明るく語れるようになりたい。

それにつけても、あの講義の時
「信長は尊敬している武将です、
信長は熱田神宮・石清水八幡宮をはじめとする寺社仏閣そして神宮、さらに大内裏にも寄進しておりま
す。
忠臣です。」

と、発言できなかったのが残念です…>_<…

こういうふうに、正統保守とは?
という有名な先生とでさえ、価値観は違うから、難しいですね。

だけど、価値観が違うからといって反発するのではなく、そこから学び、自分と同じ価値観の保守仲間を見つけ、成長していけたら最高ですね♡

ちょっとずつ、がんばろう(^.^)

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宗教、政治、百人一首的な恋、わからないこと探究してきて
私なりのスタンス決まってきました。

これから学びたいことは
日本の心を学ぶことで、日本人の死生観から
肉体が消滅した後に心というものが、どうなってしまうかということ。

肉体が滅びる時の心構え、みたいなものを
私なりに見つけたい。

youtu.be/cvj3-MZO9Tw

2014年6月13日 (金)

☆日心会中部ブロック勉強会のお知らせ☆

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シベリア抑留者の方の、生のお話を伺えるなんて
何という貴重な勉強会なのでしょうかヾ(@⌒ー⌒@)ノ

ぜひ、皆様ご参加下さいませm(._.)m

ねずさんのブログでも大々的に拡散いただいて
中部ブロックの勉強会が、大成功することを心からお祈り申し上げます(^.^)

こういう中部ブロックのような支部が、全国規模でできて
ねずさんの発信力と、上手く相互協力ができて、日本の心をたくさんの方々に伝えていくのが
日心会という会の使命です!!

オカッキーさん、いつも、ありがとうございます♡
よろしくお願いいたしますね^_−☆

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日心会は、やっと前進できる準備が整ったニャン(^.^)

今度こそは、大きく、大きく羽ばたいて欲しい\(^o^)/


期待してるニャー♪


2014年6月10日 (火)

これからの日心会に思うこと♪

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毎朝日課の、ねずさんのブログを読んで感動していました(^.^)

今日のブログも良かった〜\(^o^)/

そうよ!

デモでも街宣でもない、日心会はこういうことを学び広めるための会よね〜

ねずブロのお陰で

◾︎シラスとウシハクのお話

◾︎君が代のお話

◾︎日本史検定講座

◾︎百人一首の新しい解説

数え切れないくらいのたくさんのお話が浸透しました。

Facebookのお友達Sさんが、杉原先生のお話を紹介してくださいました。
とても共感した部分をご紹介します。


『昨日成程と思った話。一つは杉原誠四郎先生。インターネットの普及で情報が広がるかと思いきや、仲間内同士の情報交換になり情報が固定化している。私のFB仲間も同じような考えの方がいいね、いいねを言い合う。これって意外と気味の悪いことなのかもしれない。』

保守仲間は、いつも同じメンバーで、一人がいくつもの保守団体を
ぐるぐる回っている。

保守陣営に足りないのは、新しい層の開拓です。

この杉原先生の「インターネットの仲間内だけの情報の固有化」に風穴を開けるのは

「ねずさんのひとりごと」しかないのだと思います。

ここを入門として、「日本の心」を、「和と結いの心」啓蒙していかれるのは、ねずさんしかいません。


また、Sさんは

『ねずさんの素晴らしいのは事実を表面で捉えるのではなく、その因果関係を見て日本人であればどうしただろうと考える。そこに目から鱗の歴史観が生まれる。歴史は勝者によって書かれると言う。太平洋戦争や慰安婦問題も全て勝者の論理。ねずさんのように日本人の目で歴史を辿ってみませんか。』

と書かれております。


「ねずさんのように日本人の目で歴史を辿る」のが、並大抵ではできないし、拡散できないから
ねずさんは貴重なのだと思います。 


日心会は、倭塾とタイアップしながら、ねずさんのブログをサポートをする会としてリニューアルするといいな〜
と思います(^.^)

そうして、ドンドン素晴らしいブログをアップしていただいて、

どこまでねずブロがバージョンアップしていくのか、

どれだけたくさんの人が倭塾で感動するのか

どれだけ新しい層を開拓できるのかを、見たい!!!

そういう思いを共有する仲間が、日心会だと分裂とか揉め事とか起きなくてイイナ(^.^)

と秘かに願っております(^ν^)


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日本を守るってさ〜
ずーっと昔から難しかったよね。
だって、お金儲けるために
日本を売る勢力があったし
思想の細かいところの違いで争いも、絶えないし。

だけど、それでも
いつでも日本を守る武士が登場しては、
日本を守ってきたんだよね。

ありがたいことだね♪


✳︎一部内容を変更させていただきました。

2014年6月 6日 (金)

小名木善行先生の☆6月2日は本能寺の変

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梅雨に入ってしまいました。

一昨日は、私のアカウントに中国からの不正ログインがあったせいか、このブログはiPhoneではフリーズしていましたが、夕方には通常に戻りました、
ご心配おかけしましたm(__)m

さて、昨日は日本史検定講座に参加して、井尻先生の講義を受けてきました。

先生は、明智光秀は正統な保守で、
天皇さえも軽んじる信長の極悪非道を止めるためにも、
シナのような発想のニヒリズムの信長を光秀は、討つしかなかった、光秀は保守としてとても立派であり信長は、我が国を断絶したかもしれない最大の極悪人である!!
というような講義でした。

特に女性に対して情け容赦なかった、と、おっしゃってましたが
もしかして、世界的な鉄砲による戦法を完成させるために
火薬と交換して日本女性を50万人も売り飛ばした、ということをおっしゃってたのかしら??

でも、私は
光秀も信長も、ともに好きです。

誰も悪者にしたくないのです。

そこで、以前読んだねずさんのブログを思い出しました。
私にはこちらのお話の方がしっくりいきます。
私は、信長悪人論ではなく、こちらの説を信じたいと思います。

nezu621.blog7.fc2.com/?no=1909

『ただ、あたりまえのことですが、戦国の世に生きた多くの人たちの最大の願いは、おそらくは太平の世の中、戦のない世の中ではなかったかと思うのです。

しかしその理想の実現のために、自ら第六天の魔王と名乗って破戒王となった信長、現世利益を説く既存の仏教団体以上に明確な現世利益を体現した秀吉、戦のない世の中を築くために、強大な武力と緻密な行政機構を作りあげた家康という三代が必要だったし、光秀と天海の才覚が必要でした。
そしてこの5人は、5人とも相当厚い信頼関係で結ばれていたようにも思えます。』

うん!!!
こっちの方がいいな(⌒▽⌒)

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そろそろ紫陽花が綺麗な季節ですね(^.^)

そういえば
今、気がついたけど。
本能寺の変があった日って、父のお誕生日じゃないですか!!
何で今まで気がつかなかったんだろうか( ̄◇ ̄;)

2014年6月 4日 (水)

何だかブログの調子が悪いです( ̄◇ ̄;)

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昨夜、不正なアクセスがあったようです( ̄◇ ̄;)

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Google では、このアカウントへのアクセスが不正使用のおそれがあるため、このログインをブロックしました。ログインの詳細について、以下の情報をご確認ください:

2014年6月3日 16時28分36秒 UTC
IP アドレス: ◯◯◯
場所: 中華人民共和国 吉林省 吉林市


このログインに心当たりがない場合は、他のユーザーがあなたのアカウントにアクセスしようとした可能性があります。今すぐアカウントにログインして、パスワードを再設定してください。


===========

慌てて、パスワードを再設定しました。

だけど、私のiPhoneから
このブログにアクセスすると、画面がフリーズしてしまって見れないようになりました。

パソコンからは見れるのですが。

どうしたのでしょうか…>_<…

しばらくしたら直るといいのですが、しばらくは他のブログ等もフリーズして見れません。

このブログもアップできるのかどうか。。

なんだか、とっても心配です。。


♪♪♪♪

ブログアップはできました。

だけど、iPhoneからこのブログへアクセスするとフリーズしてみれなくなります。
そして、他のブログ等へのアクセスもしばらくフリーズしてしまうようです。

もし、iPhoneからアクセスされてる方が同じようになってしまっていましたら
大変申し訳ないです。

申し訳ございませんm(__)m

(T . T)

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2014年6月 2日 (月)

小名木善行先生の☆「生きて虜囚の恥ずかしめを受けず」

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花菖蒲、綺麗ですね〜(^.^)

昼間は猛暑なのですが、朝晩が涼しいので助かります。

もう、クーラーがないと茹だってしまいます。

茹だる、といえば
今日のねずさんのブログでは、支那の方々の共食いのお話の中で、茹でて食べちゃう!ってありましたけど。。
人間牧場作ってたりして。。。

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2278.html?sp

恐ろしい〜( ̄◇ ̄;)

さて、今日は
「生きて虜囚の恥ずかしめを受けず」
の意味を初めて知りました。

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『東条英機元首相は、大陸に出兵する日本の兵士のために「戦陣訓」を書きました。
その中で首相は、「生きて虜囚の恥ずかしめを受けず」と書きました。
大陸で支那人たちの捕虜になると、極めて残酷な嬲り殺しに遭う。それどころか食べられてしまったりもする。
だから、そうならないように気をつけなさいというのが、この文の趣旨です。

それを戦後左翼は、この戦陣訓があったから、玉砕戦があったのだなどと、とんでもない言いがかりをつけました。そしてそれを子供たちにも教えました。
全然違うのです。』

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やっと本当の意味がわかって良かった♪

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毎朝、ねずブロ読んで

勉強するニャ。

ボケ防止になるかにゃ〜?

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