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2014年7月15日 (火)

小名木善行先生の☆百人一首(第18回)57〜59番歌

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やっと夜になって
少し涼しくなりました♪
もう梅雨明けかしら。。

13日は、みたま祭りに行って来ました。

若い人がたくさいらしてました。

私は、ブルーハワイのカキ氷をごちそうになりました(^.^)
美味しかったな〜

27日は、ねずさんの百人一首の講演が靖国会館であります!!

楽しみ♡

どんなお話が聞けるのか、とっても楽しみ♪

私は、こういう生涯学習の場を探していたのです。

先日の、日本史検定講座の藤岡先生の講義も良かったですよ〜。
明治維新嫌い!!
なんなのよ!!
あの殺し合い!!

ってずーっと思っていたのですが、明治維新の意義をねずブロで何度も学び、
今回の藤岡先生のフランス革命と、明治維新の違いを詳しく教えていただいて、
誤解をなくすことができました。

ちょっと幸せです(^.^)

===========
57番歌 紫式部(むらさきしきぶ)

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に
雲隠れにし夜半の月影

めくりあひて
みしやそれとも

くもかくれにし
よはのつきかけ
===========

この紫式部の和歌も、「月影」じゃないと説明がつきません。

なのに、検索しても「月かな」しか出てきません!!!

藤原定家が、月影を写し間違えたなどと解説していたり…>_<…

なんて酷いことでしょう。。

これもやはり、GHQにより公職追放を、恐れた偉〜い先生による捏造の一つかしら。。

悲しいな。。

ねずさんは、

『注)紫式部のこの歌は、最近の高校の教科書など「月かな」としているようです。けれど「新古今集」や百人一首の古い写本は「月影」になっていますので、その「月影」で解説をさせていただきました。「かな」は詠嘆の終助詞です。この歌は「それとも分かぬ間に」という心理的時間を通じて友との別れを惜しんでいるのであって、特段月に感動して詠んだ歌ではありません。私にはむしろ、どうしてこの歌を「月かな」に変えてしまうのか、むしろそのことに疑問を感じます。
普通に常識で考えて、親しい友が地方転勤で遠くに行ってしまうのに、月がでてるなーなんて、そっちにあえて感動を振り分ける必要性などありません。
そもそも月は、「めぐるもの=くりかえすもの」でもあるわけですから、月影であればまた満ちます。つまり再び友は都に帰ってくる。そういう期待があるから「月影」になるのです。それが「月かな」では意味が通じないと私は思います。』

というふうに追記されました。

なるほど!!

この紫式部の解説を考えるのに、丸二日かけたそうです。

素晴らしいです。

ねずさん、神降りてるんじゃないかしらと、一人で納得しています。

こんな面白い百人一首の講義、受けたーい!!

27日が待ち遠しいです\(^o^)/

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百人一首って

日本の心が、いっぱい詰まっている。


今、現在は過去と断絶しているとのことです。

早く、取り戻せたらいいですね♪

百人一首は、大きなキーワードになるはずです!


いつもクリックありがとうございます(^.^)

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