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2014年7月

2014年7月29日 (火)

小名木善行先生の☆二宮報徳会での講演会♪

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7月27日の二宮報徳会では、ねず先生の百人一首から日本の心を理解するという講演がありました。

靖国会館の会場は、子どもさんが多く20人はいたかしら
全部で140人以上のご参加で、補助イスも出るほどの満杯でした\(^o^)/

ねずブロでのご案内、凄い効果あったのかしら?
(⌒▽⌒)

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ねず先生の講演会は、女性の方がたくさん参加されますので
一人でも気軽に参加できます(^.^)

私が、ねず先生の百人一首の講義を受けて感じることは
藤原定家の時代までタイムスリップして、時代背景、詠んだ歌人の、本当に伝えたかったことを
定家に聞いているのではないかしら?
というくらい、歌人の心の描写がされているということです。

ねずさんは、お父さまから聞いて考えた、
戦前では当たり前の解釈だった、とおっしゃいますが、

うーん( ̄◇ ̄;)

そうかな〜!!!

今までにはない、新説なんではないかと思うんです。

英霊の慰霊顕彰、GHQの洗脳もといてきたねずブロですから

百人一首の歌人たちの理解されてこなかった思いを、ねずさんがシラスという使命なのではないかしら?

と密かに感じています。

懇親会では、小野小町の子孫かもしれないという方もいらして
盛り上がりました!!!

「正しいとか間違っているではなくて、いかにして深みをもった高みにいきつくか。」

というお話でしたので、さらに高み目指して講演していただきたいな〜と思いました。

よろしくお願いいたします(^_^)v

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和歌がこんなに身近に感じた授業は、今まで受けたことがなかった。

私は国文科卒なのだけれど、和歌の授業は退屈だった。

ねずさんに、こっそりささやいてる歌人はどなたかしら?

紫式部さんと相模さん、
ねずさん流解説に大満足しているでしょうね〜

詠んだ歌人が満足する解説かどうか

これってすっごく大切ですよね♪

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2014年7月15日 (火)

小名木善行先生の☆百人一首(第18回)57〜59番歌

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やっと夜になって
少し涼しくなりました♪
もう梅雨明けかしら。。

13日は、みたま祭りに行って来ました。

若い人がたくさいらしてました。

私は、ブルーハワイのカキ氷をごちそうになりました(^.^)
美味しかったな〜

27日は、ねずさんの百人一首の講演が靖国会館であります!!

楽しみ♡

どんなお話が聞けるのか、とっても楽しみ♪

私は、こういう生涯学習の場を探していたのです。

先日の、日本史検定講座の藤岡先生の講義も良かったですよ〜。
明治維新嫌い!!
なんなのよ!!
あの殺し合い!!

ってずーっと思っていたのですが、明治維新の意義をねずブロで何度も学び、
今回の藤岡先生のフランス革命と、明治維新の違いを詳しく教えていただいて、
誤解をなくすことができました。

ちょっと幸せです(^.^)

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57番歌 紫式部(むらさきしきぶ)

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に
雲隠れにし夜半の月影

めくりあひて
みしやそれとも

くもかくれにし
よはのつきかけ
===========

この紫式部の和歌も、「月影」じゃないと説明がつきません。

なのに、検索しても「月かな」しか出てきません!!!

藤原定家が、月影を写し間違えたなどと解説していたり…>_<…

なんて酷いことでしょう。。

これもやはり、GHQにより公職追放を、恐れた偉〜い先生による捏造の一つかしら。。

悲しいな。。

ねずさんは、

『注)紫式部のこの歌は、最近の高校の教科書など「月かな」としているようです。けれど「新古今集」や百人一首の古い写本は「月影」になっていますので、その「月影」で解説をさせていただきました。「かな」は詠嘆の終助詞です。この歌は「それとも分かぬ間に」という心理的時間を通じて友との別れを惜しんでいるのであって、特段月に感動して詠んだ歌ではありません。私にはむしろ、どうしてこの歌を「月かな」に変えてしまうのか、むしろそのことに疑問を感じます。
普通に常識で考えて、親しい友が地方転勤で遠くに行ってしまうのに、月がでてるなーなんて、そっちにあえて感動を振り分ける必要性などありません。
そもそも月は、「めぐるもの=くりかえすもの」でもあるわけですから、月影であればまた満ちます。つまり再び友は都に帰ってくる。そういう期待があるから「月影」になるのです。それが「月かな」では意味が通じないと私は思います。』

というふうに追記されました。

なるほど!!

この紫式部の解説を考えるのに、丸二日かけたそうです。

素晴らしいです。

ねずさん、神降りてるんじゃないかしらと、一人で納得しています。

こんな面白い百人一首の講義、受けたーい!!

27日が待ち遠しいです\(^o^)/

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百人一首って

日本の心が、いっぱい詰まっている。


今、現在は過去と断絶しているとのことです。

早く、取り戻せたらいいですね♪

百人一首は、大きなキーワードになるはずです!


いつもクリックありがとうございます(^.^)

2014年7月 8日 (火)

小名木善行先生の☆百人一首(第17回)54〜56番歌

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綺麗な夕焼けです(^.^)
平安時代の人も、同じような夕焼けを見て感動していたことでしょう。

さて、今回の百人一首の、ねずさん流解説は最高でした!!
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2311.html?sp

この第17回を読んで以来、和泉式部で頭がいっぱいです♡
時代によって結婚形態や、生活様式、というような外側は変化しますから、まず平安時代の結婚の形を知らないといけないですね。

通い婚、しかも一夫多妻。
姉妹で同じ男性と結婚しているし。。

感じる心に変わりはないでしょうから、女性にとっては辛い時代だったのではないでしょうか。

でもそんな時代に、現代でさえ考えられないような恋愛遍歴をされた一人が、和泉式部です。

もしかして、今より性がオープンだった?
愛する心が、深かった?

和泉式部は愛に生きた女性ですね。


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54番歌 儀同三司母(ぎどうさんしのはは)

忘れじのゆく末まではかたければ
今日を限りの命ともがな

わすれしの
ゆくすゑまては
かたけれは
けふをかきりの
いのちともかな
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「お前のことは忘れないとおっしゃられるそのお言葉は、遠い未来にはどうなってしまうかわかりません。そうであるならば、今日を限りの命であってほしいと思います」といった意味になります。

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貴子さんの、人生を振り返った時、
この一瞬が本当に幸せだったのだな〜と思います。

『この歌からかもしだされる雰囲気は、限りなく一途で、限りなく透明な愛』

たくさんの哀しみを味わい、辛い思いもたくさんされたことでしょう。

だけど百人一首の中では、幸せ絶頂の思いで留め置かれている。

定家さん、素晴らしいですね(^-^)/

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56番歌 和泉式部(いずみしきぶ)

あらざらむこの世のほかの
思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな

あらさらむ
このよのほかの
おもひてに
いまひとたひの
あふこともかな
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『和漢に通じ、平安時代を代表する女流文学者である和泉式部が、晩年、自らの死を前にして詠んだのが、この歌です。

歌の意味は、「私はもう長くはいきていない(在らざらん)ことでしょう。けれどこの世の最後の思い出に、今一度、あなたに逢いたい。その胸に抱かれたい」というものです。』

和泉式部は、「忍恋」で大人の恋をしたのではなく、あくまでもご自分の思いに正直に、親の反対も押し切って、燃える愛を皇子と二回もされた方です。

こういう女性って
多分、いくつになっても戀をし、愛にいきる運命の下に生まれたのではないかしら。

だから最後の夫との平穏な生活には飽き足らず、また戀に落ちてしまったような気がします。

だから、そういう煩悩から決別するために
また、相手から諦めてもらうために出家したのではないかしら。。

愛され続けた肉体が、死によってなくなってしまうその前に

もう一度逢いたい、

逢いたい、

式部にとっての愛とは、この想いが重要な要素だったのですね。

誰も口にしないだけで、
正直なところは、式部と同じなのかもしれません。

定家によって、とどめ置かれた一首が哀傷歌ではなくて

この歌だったということは、全てを懸けて愛し、失った女性が、最後まで失わなかったこんな正直な思いだったのではないかしら。

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昨日は七夕でしたが

何かお願いごとはされましたか?

叶うといいですね(^.^)


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