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2015年4月

2015年4月30日 (木)

和泉式部が、最後に逢いたかった人は?

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56番歌 和泉式部(いずみしきぶ)

あらざらむこの世のほかの
思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな

あらさらむ
このよのほかの
おもひてに
いまひとたひの
あふこともかな
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『和漢に通じ、平安時代を代表する女流文学者である和泉式部が、晩年、自らの死を前にして詠んだのが、この歌です。

歌の意味は、「私はもう長くはいきていない(在らざらん)ことでしょう。けれどこの世の最後の思い出に、今一度、あなたに逢いたい。その胸に抱かれたい」というものです。』

私には、この和歌が誰に向けて詠んだものなのか、ずっと謎でした。

『最初の夫、和泉守 橘 道貞でしょうか。
それとも、大恋愛の相手、為尊親王だったのでしょうか。
それとも、傷心の彼女を優しく励ましてくれた、帥宮敦道親王だったのでしょうか。
それとも、最後の夫であり彼女を温かく包み込んでくれた、藤原保昌であったのでしょうか。
結局、誰とも逢わずに彼女は亡くなりました。』

私は、保昌さんの後に出家される原因となった、5番目の方と恋をされていて、その方にあてて詠まれたのではないかしら?とも思いながら保留にしてました。

ねずさん解説を読んでから、早1年。

ねずさんの百人一首本で、再度この歌に巡り合って、和泉式部がどういう気持ちであったのか
やっと、私なりに結論が出ました。

『今一度逢いたい』というのは、ツインソウルとしてやっと巡り会うことのできた為尊親王との、とても楽しかった、とっておきの、あの特別な一日に、タイムスリップしてもう一目逢うことができたらな〜という、ただ一つの願いだったのではないでしょうか。

百人一首の中では、千年経った今でも式部の想いは色褪せることなく、輝き続けるのですね(^-^)

素敵です☆

2015年4月28日 (火)

小名木善行先生の☆弟橘媛のお話(^-^)

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ねずさんの「百人一首」を読み進めると、自分の中に眠る日本人としての美徳の種が、少しずつ発芽していくような不思議な感じを受けます。

ブログでは、納得できなかったねずさん流解説が、すーっとしみわたる時、
ふと思いだされるのは「弟橘媛」の物語でした。

神話から続く日本人の心は、確かに平安時代まで脈々た受け継がれていたことに気がつかされました。

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1649.html

《日本神話は、日本の古い時代の神々の物語です。
そしてその神話にあるお話は、たとえば因幡の白ウサギが、ワニに嘘をついたから皮を剥がれた、ということが大事なのではなくて、そういう経験を経て「成長すること」が大事だと教えてくれているように思うのです。

そして、苦しいこと、辛いことがあっても、なお、くじけずに強く、笑って生きて行く。
それが日本神話が日本人に与えてくれた日本の心なのではないかと思うのです。

そしてさらに、その「強く」ということには、ただ腕力が強いとか、喧嘩に強いとか、相手を倒せる力があるとか、負けない力というのではなくて、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持ちに裏付けられたときに産まれる強さということを意味するというのも、実に日本的な思考であると思います。

そのことについては、皇后陛下がそのご講演の中で「愛と犠牲」という切り口から、ヤマトタケルと弟橘姫の物語をひいてご説明なさっています。

どういうことかというと、ヤマトタケルは、休む間もなく遠征にでかけるのですが、途中、海が荒れて、船が転覆しそうになる。
そのとき、付き添っていた后の弟橘姫は、自らの身を海に投げて海神のいかりを鎮めるのです。
愛のために身を捧げる。
そのことは、愛と犠牲が不可分にして一体のものであるということを象徴しています。》

これは、今から3年前にねずブロ書かれてました。

《苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ
2012年09月28日08:50》

この頃から、少しずつねずさんの中で百人一首に出会う準備が、
されていたように感じます。

《みなさんは、「ひょっこりひょうたん島」をご存知でしょうか。
そのひょうたん島のテーマソングに、次のような歌詞がありました。

〜〜〜〜〜〜〜〜
ひょうたん島は どこへ行く
ぼくらを乗せて どこへ行く
丸い地球の 水平線に
何かがきっと 待っている
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお!
進め
ひょっこりひょうたん島
〜〜〜〜〜
苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお!

これこそが日本主義の原点なのではないか。
私はそのように思っています。》

このことを日本人に啓蒙するために、ねずさんは白羽の矢を立てられたのだと思います。

ねずさんの百人一首を読みながら、ふと思い出したこの弟橘媛のお話。

私と同じように感じる、ねずさんの読者は多いのではないかしら♪

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2015年4月14日 (火)

ねずさんの講演会♪

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今日のねずブロを読んで、私は驚きました!(◎_◎;)
凄い!!
講演会が、こんなに続いてる。。。

鹿児島県 志布志(しぶし)市 講演 と 名古屋講演 です。

生ねずさんの講演は、とても面白いです、
たくさんの方のご来場がありますように☆

ご本人談では、内気ということなのですが(⌒-⌒; )
緊張なさらずに、また体調整えて、頑張って下さい♡

ご盛会をお祈り申し上げます♪


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2015年4月 4日 (土)

小名木善行先生の☆日本人と桜

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今日のブログは、とっても良かったです。
和歌でも、解釈はいろいろありますが
今の時期にあった、私の大好きな桜の美しさを詠まれた和歌には、心底 共感します。

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2598.html?sp

  花さそふ比良の山風吹きにけり
  漕ぎ行く舟の跡みゆるまで


『(はなさそふ ひらのやまかぜ ふきにけり こきゆくふねの あとみゆるまで)

この歌は新古今集に掲載された歌で、詠んだのは右京権大夫源師光の娘の「宮内卿(くないきょう)」です。
1200年ころの女性です。
母方の祖父が高名な絵師であったことから、たいへんにビジュアル性の高い歌を詠んでいます。』


『つまり、比良の山からの吹き下ろしの風で、桜の花びらが風に舞い、小さな小川の川面いっぱいに、その花びらが散っている。
そこに、和舟が一艘、川面の桜の花びらをかきわけるように、現れます。
すると和舟が通ったあとにだけ、水面があらわれる。』

♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
朝から、美しい光景に癒されました!!
ねずさん流の解説は、いつもとても素晴らしいです♪
そこから発展して、いろいろな空想の世界に浸れます。

花さそう 靖國の風 待ちにけり
我が衣手に 舞い落ちるまで

こんな風に、和歌詠めちゃったり(^_^)v

小野小町の

花のいろは うつりにけりな いたづらに
   わが身世にふる ながめせしまに

この歌の意味も、今の時期だと

窓辺にもたれかかりながら、桜吹雪を見ているうちに
走馬灯のように、今までの素敵な恋が次々に浮かんでは消えるような
そんな思い出を愛おしんでいるように感じられます。

言霊の入った和歌は、詠んだ作者の想いから離れて1人歩きする事もあるんじゃないかしら。

それもまた、いとおかし、です(^-^)

桜の次は、薔薇の季節です。
蕾がたくさん付き始めました♪

楽しみです。

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