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2015年7月 7日 (火)

日本人の太古の昔からの「結」と「絆」

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《ふたつ目は、「魂」です。
日本では太古の昔から、肉体に宿る命には、その命と糸で結ばれた魂が宿ると考えられてきました。
これは仏教伝来以前からある、日本の古くからの考え方です。

肉体が滅びれば、命はなくなります。
けれどそのとき、魂は肉体を離れて神々のおいでになる天上界に行くか、あるいは死者の国に行くか、あるいはまた、別な人間となって転生します。
その糸が「絆」であり、糸と糸を結ぶことが「結い」です。
ですから絆や結は、肉体と肉体の結びつきではなくて、魂の結びつきです。

お天道さまが見ていないところで悪さをすれば、その魂が穢れます。
穢れれば、せっかく良いことをしてきても、来世で悲惨な人生を歩まねばなりません。
人は神になるために生まれてきたのであり、その神になりそこねたのみか、来世でいまよりもっと悲惨な人生が待っているのです。
だから「乞食したって、この魂だけは穢さない。」
それが日本人の生き方であり、生き様でした。》

《冒頭に、蓮の花の写真を掲示させてたいだきました。 季節の花ですけれど、蓮は、水上に美しい花を咲かせます。 けれど茎は、水の中を通り、根は、泥の中にあります。 この世で生きるということは、泥の中であえぐようなものです。 けれど、その泥があるから、蓮は茎を水中に伸ばすことができ、水面に美しい花を咲かせることができます。 水上の花が天上界、根が蓮根(レンコン)で、レンコンは穴があいていて、そこに空気を通すからかろうじて呼吸ができますが、これが根の堅州国、スサノオさんの国です。そして泥が黄泉の国。 人間界は、そんな蓮根と蓮の花をつなぐ橋渡し役の茎といわれます。 あるいは泥の中を這いずりまわる男が根、美しく咲く女性が花かもしれません。 おもしろいのは、花も根も茎も、実はそれらは全体として一体になっていることです。 根が腐れば蓮は立ち枯れます。 花が咲かなければ、交合ができず、蓮は滅んでしまいます。 実に不思議なことです。 すべてを尊重することで、はじめて一体となるのですから。 花には花の、根には根の役割があります。 それを守って生きるのが、分限(ぶんげん)とか分(ぶ)というものでした。 日本て、奥が深いと思います^^》

私の気に入ったところを抜き出して見ました。

日本古来からある教えは、仏教伝来前からあって 魂とか輪廻転生とかの概念があったとは驚きです。

そもそも古事記そのものが、このような不思議なことを記している聖書と並ぶ、もしかしたら世界最古の「教え」なのかもしれません。

何しろ国産み、いえいえ地球誕生からのことを記しているのかもしれないのですから、驚きです!

ねずブロって、とても精神的なのだけど、ねずさんご自身は渡来系仏教の宗教団体や、新興宗教団体とは無縁な方ですよね〜(⌒-⌒; )

何故か? 私が感じるところでは、一つの団体とかに収まるような器ではなく、次から次にコンタクトされてくる方々や団体とも、気軽に仲良くなって協力関係を築き、全てを自分の学びの場としているようだからです。

そのような性質だからこそ固定観念に囚われずに、目からウロコのねずブロを毎日発信し続けることができるのではないでしょうか。

これからも、太古の昔からある日本の教えを取り戻すべく ねずブロの更新をお願いいたします♡ Image_2

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