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2015年8月

2015年8月28日 (金)

小名木善行先生☆古代っていつ?

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近隣諸国条項が、悪の根源なのですね。
何とかしていただきたいものです(⌒-⌒; )

『みなさんは、日本の「古代」というのは、いつ頃の時代だと思われるでしょうか。
おそらく多くの方は、「古代大和朝廷」という言葉があるくらいですので、古墳が作られていた頃の時代あたりが「古代」とお考えなのではないでしょうか。
そして、飛鳥、奈良、平安の昔が「中世」、鎌倉あたりからが武家の時代で「近世」、明治維新から「近代」がはじまり、戦後が「現代史」の時代といったイメージなのではないでしょうか。

ところが最近の教科書では、文科省の指導に基づいて(その文科省は大学教授たちで組成する歴史学会の認識に基づいて)、なんと古代は、飛鳥時代から、奈良、平安時代を指す、としています。
なんと、鎌倉時代からが、中世です。

古代とか中世とかいう分類は、もともとは西洋の歴史学の分類からきている分類方法です。
先史時代(原始時代)、古代史、中世史、近世史、近代史、現代史と分類されます。
つまり古代以前、古代大和朝廷が成立し、古墳が作られた時代というのは、先史時代(原始時代)であり、「はじめ人間ギャートルズ」の世界だというのです。』

2015年8月23日 (日)

ねず記者誕生☆十和田市の暴挙と新渡戸記念館

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ねず記者が誕生しました(^_^)v
是非、up の動画をご覧ください。

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新渡戸稲造記念館が、こんなにもたくさんの素晴らしい展示がされていることを、この動画で初めて知りました。
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まるで新渡戸稲造記念館が、怖いヤ◯ザさんの地上げ詐欺にあってしまった被害者のように感じるのは、私だけでしょうか?
本来なら、そういえ被害から守ってくださるのが、行政なのではないでしょうか?
ここは、日本なの?と目を疑ってしまう内容です(⌒-⌒; )

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日本の歴史的財産を県が守れないならば、国で守っていただけないのでしょうか?
正式な、政府からの、もしくは警察からの調査をお願いしたいものです。

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これからも、ねず記者の取材に期待しております!
頑張って下さい(^-^)

2015年8月20日 (木)

小名木善行先生☆縄文人と弥生人は同じ人

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  是非upも、ご一読ください(^-^)

ねず先生は、たくさんの読書量と分析力で新説をどんどん発表されます。

その中には、大学の著名な先生の説を覆すことが多々ありますので批判される方もいらっしゃいます。

だけど、だけど、です。

最近の科学の発達で、弥生人稲作伝来説が、捏造であったことがわかってきております。

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つくる会の日本史検定講座を受講したり、藤岡先生、齋藤先生、中山先生のお話を直接聞けば、大学の先生方の、GHQに公職追放されないための捏造学説って本当だったんだ!
とよくわかるようになりました。

しかも、広範囲にあるのです。

真実を伝える大学教授は、公職追放になり極貧生活を余儀なくされたり。。

GHQの意向に沿う学説を発表された教授が、学会を牛耳ってきたらしいのです。

歴史と日本の古典は、鵜呑みにしていたら危険ですから、ご注意を( ̄Д ̄;;

ねず先生の「百人一首」の解説を読みながら、こちらの動画も観ながら、頭を柔軟にして、固定観念を取り払い、発想法の転換をすることは、とっても大切なことです。

だけど、偏った受験勉強をしていたガリ勉君で、前頭葉の未発達な方は、もしかしたら理解できないかもしれません。

お気の毒ですね。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

CGSの神谷さんとねず先生の番組は、これからますます目が離せませんheart04

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いつも無料で、素晴らしい学びの場を提供して下さいましてありがとうございます(* ̄ー ̄*)

2015年8月 7日 (金)

小名木善行先生解説☆小野小町とやんごとなき君

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森田春代画「月華」(小野小町)

上にあるのは、森田春代さんの描いた小野小町です。
森田春代さんは、海外で活躍されている日本画家で、きもの美人を描いた豪華絢爛な作風は、いまや世界中で大人気なのだそうです。
絵に筆字で歌が書かれています。

 うつつには さもこそあらめ
 夢にさへ 人めをもると 見るがわびしさ

小野小町の歌です。
森田春代さんは、この絵に、この歌を配置されました。
絵には背景にまっすぐな竹が配置され、遠目に高貴なお方を象徴するような欄干が描かれています。
願いが叶うと呼ばれている満月、そして月夜の晩です。
よく考えられた、歌にとてもマッチした絵だと思います。

けれど、一般にはこの歌は「夢の中でまで人目を避けて逢うなんて、なんてさみしいことでしょう」と嘆いているとか、あるいは「現実でも夢の中でも人目を避けなければ逢えない寂しさ」を詠んだ歌だとかと解釈されています。
嘆きや寂しさを詠んだ歌だといのです。
この美しい絵と、嘆きや寂しさでは、なんだかそぐわないような感じがします。

ところが歌を音読してみるとわかりますが、この歌からは嘆きや哀切感は感じられません。
むしろ透明感や可憐さや美しさを、ことばから感じます。
まさに絵のイメージとぴったりの感じを、歌そのものから私達は感じ取ることができます。
そして、だからこそこの歌は千年の時を超えて人々から愛され続けているのだと思います。

では、歌の本当の意味は、どのような意味なのでしょうか。

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***

日頃からお慕いしていた男性です。
でも、本当にそんな男性が目の前に現れたら、きっと私はあまりの嬉しさに顔をあげてその男性のお顔を見ることさえできないでしょうと詠んでいます。
夢の中でさえも、顔をあげて正面から見ることができない相手なのです。
そんな人とリアルで会ったら、それこそ真っ赤になってうつむくばかりで、声も出せない。見ることもできない。
だからこそ、そんな自分を「わびしさに」と詠んでいるのではないでしょうか。

冒頭の一般の解釈では、人目を避けてリアルに逢う、もしくはリアルに逢えない寂しさを詠んだとしています。
けれど、私にはそのような歌にはどうしても思えないのです。
むしろこの歌は、大好きな人だけど、夢の中でさえ想いがつのって恥ずかしくて顔をあげてその人の姿やお顔を見ることさえできないでいるのに、リアルに逢ったら、それこそ、どうしましょう、どうしたらいいの?となってしまう。
そんな高ぶる感情を詠んだ歌に思えるのです。

 うつつには   現実には
 さもこそあらめ さすがにそうなってしまいますわ
 夢にさへ    夢の中でさえ
 人めをもると  人目を避けて
 見るがわびしさ 顔を上げて見ることもできない、そんなわびしさ

夢にまで見た憧れの君です。
夢の中でさえ、恥ずかしくって、
正面からお顔をみることさえできないのに、
現実にお逢いするなんて、
あまりにも恥ずかしすぎてお顔さえ見れない。
それでとってもわびしくてもったいないことですのに。

そんなニュアンスの歌なのではないでしょうか。

******

私は、こちらの和歌の解説で 小町の境遇が少しわかったような気がします。 小町のもとに、忍び込んできたやんごとなき方。

きっと小町が大好きな方だったのでしょう。 「やんごとなき方」だし、人目をしのばなければいけない方だったのですね。。

  気軽に逢うことは、叶わない。 だけど、小町はこの方のことがいつも頭から離れず、せめて夢の中でお逢いしたいのだけど、夢の中ですら大好き過ぎて、お顔を見るとこさえ恥ずかしい。

絶世の美女だけど、浮いた恋はできない一途な方だったのでしょうね。

そして、そういう手の届かない恋ではなく その後、文屋康秀さんとの堅実な愛を受け入れて 「あなたについていきます!」  

わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて 

  誘う水あらば いなむとぞ思ふ

だけど、康秀さんには おいてけぼりにされてしまいました。

憧れた大好きな方との恋、幼馴染で心を許していた方との堅実な恋、 この二つとも、女性としての平凡な幸せを手に入れることは叶いませんでした。

古事記からもわかるように昔の人の方が、愛、性に物凄く真剣だったように感じます。

なぜなら、特に女性は 花の時間はあっという間でしたから。

30歳になれば、年増(⌒-⌒; ) 。。

それを考えると、和泉式部は類稀なる色気と美貌とご縁もお持ちの方だったのでしょうね〜。

30歳を過ぎてから、四人目の方と結婚までされて、そして子どもまで産まれたのですから驚異です!(◎_◎;)

アンチエイジングが発達していなかった平安の女性は、その短い花の間に 凝縮した愛を生きたし、その後は、その愛の時代を愛おしみながら暮らしたのではないかと思います。

《小町の恋歌》

思ひつつ寝ればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを 

うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき 

いとせめて恋しき時はむば玉のよるの衣を返してぞきる 

おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつ瀬なれば 

秋の夜も名のみなりけりあふといへば事ぞともなくあけぬるものを 

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ 

限りなき思ひのままに夜もこむ夢路をさへに人はとがめじ 

夢路にはあしもやすめず通へどもうつつに一目見しごとはあらず 

絶世の美女だった小町さんは、つれない女性だったと紹介されていることがあります。

恋してお慕いする方以外には見向きもせず、二度も悲しい失恋をされても乙女のままの心を失わなかった、素敵な女性だったのです。

ますます小町ファンになってしまいました heart01

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美しかったスーパームーン。 小町さんにプレゼントします(^_^)v

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