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2015年11月21日 (土)

小名木善行先生の☆「すれ違い」

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今日のブログは、ねず先生の百人一首解説を読んで以来、持ち続けてきた疑問が一気に解決する衝撃の内容に感動しております💕💕💕

小町さんを置いてけぼりにした、文屋康秀や
前回のブログで書いたヤマヒコの和歌など、日本の神話や古典文学に出てくる、日本男児の純情という理解不可能な想い。

長い間、女性が抱えてきた「すれ違う男女の想い」でしたが、やっとわかってきました。

***

このような男女の思考の微妙な違いを題材にした日本最古の作品が古事記です。
イザナキ、イザナミの思いのすれ違い。
トヨタマヒメとヤマヒコの、お互いの心のすれ違いなどが描かれています。
世界最古の女流文学である『源氏物語』も、こうした男と女の微妙な意識差が描かれ、それが人々の大きな共感を呼んでいます。
共感があるから、千年以上にわたって作品が生きているのです。

こういう心のヒダのすれ違いは、とてもやっかいだし面倒なものです。
けれど、やっかいだからこそ、千年たっても、そこに共感があるわけです。

***

国の形が、人々を大切にするというところから出発しているのです。
そういう国に育った民衆が、相互に人を大切にするようになるのは当然の帰結です。
そしてそれは、国や郷里や友を大切にするというだけでなく、男であれば女を大切にし、女であれば男をたいせつにするというカタチに発展しています。

ところが、そもそも男と女は、冒頭の民子と政夫の会話みたいなもので、頭の構造が違うわけです。
そこに葛藤が生まれる。
その葛藤の中で持って生まれた魂を鍛え、訓練し、自分の魂をより高度なものに成長させていく。
それこそが、魂がこの世に生まれ、生かされていることの理由であるとしてきたのが、日本という国家ですし、そこに日本文化の根幹があるのだと思います。

***

この部分、とてつもない重要な核心が書かれています。

これを踏まえつつ、ぜひもう一度、ねず先生の百人一首を読み返したいと思います。
もっと深い部分で、今までの理解とは違う感動が押し寄せてきそうです。

それを理解し感動することが、封印されてしまった愛を取り戻すことになるし、愛を昇華できなかった御霊の最高の慰めになるような気がします。

そこを書いてしまう、ねず先生は凄いです!

さて、前回の倭塾で私が感じた疑問。
いつも、この疑問から大切なところが読み解かれてきます。
アメノウズメの命は、誰を愛したのだろうか、ということです。
私は今のところの理解では、瓊瓊杵命であったとしか、どうしても思えないのです。

この辺のところは、ねず先生の古事記発売を楽しみにしようと思います。

百人一首は千年前のこと
古事記は神話という、いつの頃かわからないほどの古い昔のことを
ねず先生が、これ以外はありえないという冷静な分析で、独自の解説をしてくださっています。

とても有難いことです(^_^)v

これからも、ねずファンで楽しみにしていきましょうね♪

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