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2016年1月

2016年1月31日 (日)

小名木善行先生の「女性のための古典塾」第一回

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先日、ねず先生の新しい企画 「女性のための古典塾」に参加してきました。
女性ばかりって、とてもリラックスできる雰囲気になるのですね♪
その場が、バッ✨っとお花畑のように華やぐんです。
女子校育ちの私には、とっても嬉しい雰囲気でした💕

ねず先生といえば。。。
こういう企画は、ご自分でされたのに緊張しまくりのようで、前日は熟睡できず
夜中に何度も目をさまされたとか💦
奥様という強〜い味方もいらしてくださいましたから、良かったですね^_−☆

第1回目の授業は、和泉式部についてでした。
まず、和泉式部が生きた平安時代中期とは、どんな時代であったのかというお話から始まりました。

【刀伊の入寇 2010年04月12日20:30 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-845.html

~~~~~~~~~~
対馬に刀伊国の者が五十隻あまりの船でやってきた。
彼らはて殺人・放火をはじめた。
彼らは隼のように迅速で、数が多く、とても対抗できない。

壱岐は壱岐守理忠が殺害され、ほとんど全滅状態した。

彼らは博多警固所と目と鼻のさきの能古島まできています。
~~~~~~~~~~
京の都では、貴族の雅やかな世界が繰り広げられる中、このような怖しい事件が起こっていたのでした。

そんな世界で、女流歌人たちが情緒溢れる世界を極めていました。

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56番歌 和泉式部(いずみしきぶ)

あらざらむこの世のほかの
思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな

あらさらむ
このよのほかの
おもひてに
いまひとたひの
あふこともかな
==========

『和漢に通じ、平安時代を代表する女流文学者である和泉式部が、晩年、自らの死を前にして詠んだのが、この歌です。

歌の意味は、「私はもう長くはいきていない(在らざらん)ことでしょう。けれどこの世の最後の思い出に、今一度、あなたに逢いたい。その胸に抱かれたい」というものです。』

【女性が輝く時代2014年12月20日07:38 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2472.html?sp

このブログの中で、和泉式部の数々の和歌が紹介されてますが
それらを、より臨場感豊かにねず先生がお話くださいました。
まるで千年前の和泉式部が、隣にいるのではないか、、と錯覚してしまうくらいに。

【和泉式部と貴船の神様 2015年11月15日07:14 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2829.html

もの思へば 沢の蛍も 我が身より
 あくがれいづる 魂(たま)かとぞみる

現代語に訳すと次のようになります。

「夜の暗闇の中でもの思いにふけっていたとき、
 沢に舞っている蛍が、
 まるで自分の身から抜けだした魂のようにみえました」

現代語にすると、なんだかひどく軽くそっけなくなってしまいます。
やはり音律というか、言葉が五七五七七のリズムに乗ったときに独特の情感が生まれるように思います。

さてこの歌には詞書があります。
そこには「男に忘られて侍りける頃、貴船にまゐりて、御手洗川にほたるの飛び侍りけるを見て詠める」とあります。
何があったのでしょうか。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ところがこの歌には続きがあるのです。
浮かんだ歌を書き留めたとき、和泉式部の頭のなかに、声が聞こえてきたのです。
その声は、次のように言いました。

 奥山にたぎりておつる滝つ瀬の
 たまちるばかり物な思ひそ

貴船神社の奥にある山で、たぎり落ちている滝の瀬のように、おまえは魂が散ることばかりを思っておるのか?
人は、いつかは死ぬものじゃぞ。
毎日、滝のように多くの人が様々な事由で亡くなっていることをお前も存じておろう。
人は生きれば、いずれは死ぬのじゃ。
おまえはまだ生きている。
生きているじゃないか。
生きていればこそ、ものも思えるのじゃぞ。
なのになぜ、お前は魂の散ることばかりを思うのじゃ。

それは貴船の御祭神の声だったかもしれないし、あるいは亡くなった二人の殿下の声だったのかもしれない。
和泉式部の心が生んだ幻聴だったのかもしれません。
ともあれ式部には、その声が聞こえました。
そして彼女は歌を短冊に書き留めました。

これが、いまに伝えられている、二つの歌です。

〜〜〜〜〜〜〜〜

最後に、このお話で締めくくられました♪

【すれ違い 2015年11月21日07:05 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2835.html

**********

「まア綺麗な野菊、
 政夫さん、私に半分おくれッたら。
 私ほんとうに野菊が好き」

「僕はもとから野菊がだい好き。
 民さんも野菊が好き?」

「私なんでも野菊の生れ返りよ。
 野菊の花を見ると
 身振いの出るほど好もしいの。
 どうしてこんなかと、自分でも思う位」

「民さんはそんなに野菊が好き。
 道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

民子は分けてやった半分の野菊を顔に押しあてて嬉しがった。
二人は歩きだす。

「政夫さん、私野菊の様だってどうしてですか」

「さアどうしてということはないけど、
 民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」

「それで政夫さんは野菊が好きだって?」

「僕大好きさ」

*********

男と女の思いのすれ違いを、とても大切なものとして
日本は古来から大切にしてきたのだ、ということです。

「愛」と書いて「おもう」と読むのが大和言葉ですから。

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そして、「最後に和泉式部が逢いたかったのは誰なのでしょう。」

で締めくくられました。

この事は、私もずーっと考え続けてきました。

2014年7月8日初めてねずブロで百人一首解説を読んだ時は、こんな感じに思っていたのでした。
app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1960883/1969016/95186261

「和泉式部は、「忍恋」で大人の恋をしたのではなく、あくまでもご自分の思いに正直に、親の反対も押し切って、燃える愛を皇子と二回もされた方です。

こういう女性って
多分、いくつになっても戀をし、愛にいきる運命の下に生まれたのではないかしら。

だから最後の夫との平穏な生活には飽き足らず、また戀に落ちてしまったような気がします。

だから、そういう煩悩から決別するために
また、相手から諦めてもらうために出家したのではないかしら。。

愛され続けた肉体が、死によってなくなってしまうその前に

もう一度逢いたい、

逢いたい、

式部にとっての愛とは、この想いが重要な要素だったのですね。

誰も口にしないだけで、
正直なところは、式部と同じなのかもしれません。

定家によって、とどめ置かれた一首が哀傷歌ではなくて

この歌だったということは、全てを懸けて愛し、失った女性が、最後まで失わなかったこんな正直な思いだったのではないかしら。」

2015年4月30日に再度、ねずブロにアップされた記事に対しては。。

「私には、この和歌が誰に向けて詠んだものなのか、ずっと謎でした。

『最初の夫、和泉守 橘 道貞でしょうか。
それとも、大恋愛の相手、為尊親王だったのでしょうか。
それとも、傷心の彼女を優しく励ましてくれた、帥宮敦道親王だったのでしょうか。
それとも、最後の夫であり彼女を温かく包み込んでくれた、藤原保昌であったのでしょうか。
結局、誰とも逢わずに彼女は亡くなりました。』

私は、保昌さんの後に出家される原因となった、5番目の方と恋をされていて、その方にあてて詠まれたのではないかしら?とも思いながら保留にしてました。

ねずさん解説を読んでから、早1年。

ねずさんの百人一首本で、再度この歌に巡り合って、和泉式部がどういう気持ちであったのか
やっと、私なりに結論が出ました。

『今一度逢いたい』というのは、ツインソウルとしてやっと巡り会うことのできた為尊親王との、とても楽しかった、とっておきの、あの特別な一日に、タイムスリップしてもう一目逢うことができたらな〜という、ただ一つの願いだったのではないでしょうか。」
app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1960883/1969016/99349724

それから一年経って古典塾。
私も、かなり執念深く考え続けています(⌒-⌒; )

♡♡♡♡♡
初めての結婚。
華麗なる二回の恋。
若かりし日の戀は、失うものがあっても全てを捨ててでも、貫くパワーがあったかもしれません。
だけど、年を重ねると失うということは、生きてきた人生も捨てるという重いものになってきます。
和泉式部は、愛する恋人を二人も失い、最愛の娘にまで先立たれてしまいます。
そんな深い悲しみを背負った彼女が、晩年戀をすることがあるとしたら、徳の高い、人間の器の大きい、僧侶のような方だったのではないでしょうか。

だけど若い頃のような過ちを、繰り返すことなど、成熟した和泉式部にはできないことです。

そういう全ての悲しみ、葛藤の中で、生きるために残された道は、御仏におすがりする道しか最早残されていなかったのではないでしょうか。

だけど、どうしても愛うことを止めることはできなかった。
亡くなる間際、この世から消えてしまう前に、どうしても自分の胸の内を戀する方に届けたい、
この身が無くなっても、愛する方の心の中で、やはり生きていきたい、
そういう刹那に詠まれたのが、この和歌だったのではないでしょうか。

ねずさんは、式部の女性の友達に届けたという解説でした。
しかし、私はやはり、最後に戀した方の元にお届けしたのが、こちらの和歌だったのだと思います。

♡♡♡♡♡♡♡♡

あらざらむこの世のほかの
思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな

♡♡♡♡♡♡♡♡

こんな素敵な和歌を、この世をおいとまする時に戀する方にお届けするなんて
とっても素敵ですね(^-^)

今の時代なら。。
やっぱりメールですかね(^_^)v


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2016年1月14日 (木)

面白かった☆山田宏先生の動画

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youtu.be/7F4WZGAoMs8

1月も半ばになってしまいました。
遅ればせながら、明けましておめでとうございます♪
本年も皆様にとりまして素晴らしい一年となりますようにお祈り申し上げます♡

ねずブロで紹介されてました山田宏先生の動画を、やっと全部観ることができました。
長いので、中々観れませんでした。
騒音がたくさん入っているのが残念でしたが、お話はとても感動でした!!
いつも、ねずブロで書かれてあるような国を思う方々がされてらした苦労を、山田先生もされてたことにビックリしました。
新築の家を売りに出さねばならなかったこと、
落選した翌年、税金が払えなくってとても困ったこと、
お話されてました。
志なんて持たなかったら、政治家になんてなろうとしてなかったら
京大卒のエリートとして悠々自適な人生だったろうに。。
なんで、正義感出して政治家目指してこんなに苦労しちゃうの???
とショックでした…>_<…

山田先生のことは、あまりよく知りませんでしたけれど
この動画を観終わると、こういう方に政治をお任せしたい!!
と思いました。

任せたいと思える政治家は、組織票持たずに選挙で苦労しますね。
中山成彬先生も、杉田水脈先生も、神谷宗幣先生も、次回は必ず当選していただきたいです(^-^)

1月16日はねず先生の還暦のお誕生日に、倭塾開催となります。
もしかしたら、サプライズがあるかもしれませんね♪

山田先生のお話や、杉田先生のご挨拶もあるようで、毎回豪華メンバーが勢ぞろいの倭塾です。

私は参加できなくて残念なのですが、今回から
動画配信サービスがスタートしますので、助かりました〜\(^o^)/

私のように仕事で参加できない方や
また遠方で参加できない方は、この新サービスで楽しめますね。


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nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2855.html

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