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2016年3月 6日 (日)

百人一首五十五番歌 大納言公任(966〜1041)

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s.ameblo.jp/inukayh777/entry-12136256577.html


滝の音は 絶えて久しく なりぬれど

名こそ流れて なほ聞こえけれ

今はもう枯れてしまった滝だけれど、滝の音色の素晴らしさは、今も世間に流れて聞こえています。

***

五十三番から六十二番まで女流歌人の歌が続くのですが、なぜか五十五番にだけ、男性の歌が入っています。
そういう点にも注目して歌を詠んでいくと、配列に隠された、ある意図を見出すことができます。


『拾遺集』の詞書には、「大覚寺に人々あまたまかりたりけるに、古き滝を詠み侍りける」とあります。


このお寺に人々が集まったときに、大納言であった藤原公任が、「今はもう枯れて水のなくなった滝」を詠んだのがこの歌です。


昔の人は「人は神様になるために生まれてくる」と信じ、「この世は心と魂を浄化し鍛えるための場」と考えていました。
この世に生を受け、「まこと」を尽くして生きることで心魂を鍛え、あちらの世に還っていくのです。
肉体は滅んでも魂は永遠という考え方です。

そして人の死には二つあります。
ひとつは肉体の死、もう一つは人々の記憶から消えてしまう死です。
人々の記憶の中に生きることは、立派な生のひとつだと考えられていました。
だからこそ、枯れた滝を見て「名こそ流れてなほ聞こえけれ」と詠んでいるのです。
たとえ肉体は滅んでも、その人(個)は人々(集)の心の中に生きているという思想がここにあります。
それが、大納言公任の歌の真意なのです。


『ねずさんの日本の心で読み解く「百人一首」: 千年の時を超えて明かされる真実』
より引用


この部分は、最近私がはまっている矢作先生の著書と同じ価値観で解説されていました。

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この中の、「おかげさまで生きる」の21ページに書かれてあります。

『古来、日本人は生と死を同一視していました。
一万年を超える歴史を持ち、この世とあの世を精神レベルで自在につなぐことができた日本人は、死は単なる肉体死であり、魂は永遠の存在であると知っていたからです。
自分たちが大いなる存在に生かされている事実を知り、大自然と融合して生きることが最も大切だと知っていたのです。
だからこそ、そうした霊性の高さを失いつつある現在の状況はこまったものです。』

また、「見守られて生きる」の12ページには
『魂についてのお話は冒頭の通りですが、私たち人間という存在は「霊・心・体」の三つのバランスで構成されています。
ここでいうところの霊とは「たま」であり、これを魂と簡単に理解していただいても構いません。
こういう話はピンと来る人もいれば、いつまで話してもわからない人までさまざまですから、私自身は論争を仕掛けるつもりも受けるつもりもありません。
自分が実感していることを述べるだけです。
それでも申し上げたいこと、それは霊(魂)・心・体という構造があるとかないとかいうレベルの議論を、そろそろやめたほうが良いということです。
科学万能主義である現在の世界では、そんなものがあるわけないという意見が大半を占めています。
しかし今の科学で証明できないものを、ないと主張する行為はいかがなものでしょうか。
長年刷り込まれた「意識の壁」を乗り越える時期に、私たちはそろそろ差し掛かっているのではないでしょうか。』

矢作先生の著書を読んで、ねずブロ、ねずさんの著書、ねずさんの百人一首、ねずさんの古事記と
全く同じスタンスである事が、私には感動でした!!

この部分が理解できない方には、日本古来の死生観、文学、日本人としての心の在り方、武士道とか、全ての価値観を理解することができないのだと思います。


ここに根ざした「ねずさんの古事記」の発売が楽しみです(^_^)v

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youtu.be/EQaW0sOwIjM

こちらの動画も、「魂・心・体」についてわかりやすい説明でしたので、ご紹介します(^_^)v

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