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2016年5月

2016年5月26日 (木)

今日は古典塾で清少納言です(^_^)v

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【清少納言と枕草子
2013年04月23日08:24 】

届けてくださった使いの人は、すっごいおっかない顔をして、「早く参上せよ」なんて言ってたのだけど、そのあとに、まじめくさって、
「じゃが、この紙はあまり上等ではなさそうじゃ。延命を祈るお経も書けそうもないようだが・・・」なんて、言うものだから、思わず吹き出しちゃった。

ほんとうはね、そんなんじゃないの。
前にあたしが中宮様に、「気が滅入っているときは、紙を見ていると気もちが晴れます」って言ったのを、中宮さまがちゃんと覚えていて下さっのよね。
それで紙を贈ってくださったんだわ。
だから、ほんとは、紙の質がどうのこうのなんてどうでもいいことなの。

でもね、言った本人が忘れていたようなことまでちゃんと覚えていてもらえるのって、うれしいくない?
相手が普通の人でもうれしいのに、ましてその方が、中宮さまってなったら、そりゃー感動だわ。

でね、あたし、ドキドキしちゃって、中宮様に、
「紙(神)のおかげで、あたし、鶴みたいに千年も長生きしそうです!」って歌を書いたの。

で、使いの人に、「この歌を中宮様にお渡しになるとき、私が、あまりに大げさでございましょうが、と言っていたって申し上げてくださいね」ってお願いした。

そのあと、使いの人にに青い綾織りの単衣をあげたりして、大騒ぎしちゃった。
そしたら、なんだか気持ちが晴れてきちゃって。
あたしったら、さっきまでへこんでたはずなのに、もうはしゃいでる。
人の心って、おもしろいわね。


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このときの歌が、

 かけまくも
 かしこき かみの しるしには
 鶴のよはひと なりぬべきかな

とても上品で、格調高いですね。
ほかにも、面白いのが、たとえば第25段。

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憎らしいもの

お部屋にこっそり忍んで来る恋人を、犬が見つけて吠えるのって、すっごい憎ったらしくない?
あとね、ようやく密かに忍んで来てくれたのはうれしいんだけど、みんなが寝静まってお屋敷がシーンと静まり返っているのに、大いびきをかきながら寝ちゃうヤツ。
もぉ、絶対、まわりにバレバレじゃん><

それから、きっとバシッと決めようと思ってのことなのだろうけど、大袈裟な長い烏帽子(えぼし)をかぶって忍んできてさ、慌てているのか、烏帽子が何かに突き当たり大きな音を立てるヤツ。
なにそれ〜って思っちゃう。

あとね、簾(すだれ)をくぐるときに、不注意で頭をぶつけて、「イテテテ!」って、大声をあげるような男って、絶対、無神経!。

それからさ、夜、忍んでくるときに、戸を開けるなら、少し持ち上げれば音などしないのにさ、ヘタすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、そーいうのって、なんかにくったらしいわ。
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第26段 胸がときめくもの

髪を洗ってね、きれいにお化粧して、お香をよくたき込んで染み込ませた着物を着たときって、心の中は晴れやかな気持がして素敵。
別に見てくれる人がいなくてもいいんだ^^
男を待っている夜は、雨音や風で戸が音を立てるだけでも、ハッと心がときめく。


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第27段 過ぎ去った昔が恋しいもの

もらった時に心に沁みた手紙を、雨の日などで何もすることがない日に探し出したとき。
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こうした、いかにも女性らしい感受性の豊かなエピソードが、323話もぎっしり詰まっていて、躍動感ある大人の女性の感受性が活き活きと描かれているわけです。
実に、ほがらかで、感性豊かで、明るく楽しい。
これが平安中期の、世界最古の女流随筆でもあるわけです。


***

今日は、ねずさんの古典塾の日なので、清少納言のおさらいをしてみました。

定子様とのやり取りをみていると、今だって
女子校に通ってる女子や、宝塚大好き女子には、痛いほど理解できる感性です。

上に抜き出したところは、どんな女性にも当てはまるでしょう?

心はクルクルと上がったり下がったりするものだし。

落ち込んでいる時に、オシャレしてお出かけしたり、アロマテラピーを楽しんだり、綺麗なものを見つけたりして、気分を華やいだものにしたりするのも、同じ。

無神経な男に腹を立てるし。

清少納言の感性は、私にドンピシャでとても共感を覚えます。


そんな傷つきやすい繊細な感性の清少納言に
二股かけてた藤原行成さん。。

【補助線一本で解ける謎
2015年07月24日】
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そんなわけで、当時の一級の知識人である藤原行成は、清少納言を訪ねて、四方山話に花を咲かせていたのですが、この会話があまりにも楽しい。
ついつい彼は清少納言のもとで、すっかり時間を忘れて会話を重ねてしまったであろうことは、容易に察することができます。

ふと気がついたら、もう夜も遅い時間です。
すぐにでも別の彼女のところへ行かねばなりません。
そこで、「宮中で弔事があるので」などと、いい加減なことを言って清少納言のもとを去るわけです。

そして朝になって、彼は清少納言のご機嫌を伺う手紙を届けさせました。
ところが彼は、手紙に「ニワトリの声に促されて帰ってしまいましたが......」と書いてしまったのです。

彼が清少納言のもとを去ったのは、前の日の夜です。夜にニワトリは鳴きません。
別の女性のもとを去ったのが、明け方、ニワトリが鳴く早朝だったのです。


ここの解説は、とても興味深いです。

楽しみです(^_^)v

今夜の古典塾には
定子様や清少納言、行成さんも参加してると思いますよ、
それぞれの思いに寄り添って、みんなが納得!!
できる講義でありますように💝

2016年5月 3日 (火)

ねずさんのひとりごと☆祝3000話

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当ブログは、3000話を超えました。
これもみなさまのご贔屓あってのことです。
心から感謝と御礼を申し上げます。

【今日は済南事件のあった日 2016年05月03日07】
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今日は、ねずブロ3000話のお祝いの記念日なのですが、こんな悲しい日と重なってしまいました。

でも、それも何か意味があるということです。

***
【当時の外務省公電にある公式文書です。
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腹部内臓全部露出せるもの、
女の陰部に割木を挿し込みたるもの、
顔面上部を切り落としたるもの、
右耳を切り落とされ左頬より右後頭部に貫通突傷あり、
全身腐乱し居れるもの各一、
陰茎を切り落とし・・・(以下略)
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現場を視察した南京駐在武官佐々木到一中佐の手記です。
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予は病院において偶然其の死体の験案を実見したのであるが、酸鼻の 極だった。
手足を縛し、手斧様のもので頭部・面部に斬撃を加へ、或いは滅多切りとなし、
婦女は全て陰部に棒が挿入されてある。
或る者は焼 かれて半ば骸骨となってゐた。
焼残りの白足袋で日本婦人たる事がわかったやうな始末である。
我が軍の激昂は其の極に達した。
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ちなみに上にある女性の写真は、間違いなく済南事件のときの新聞報道写真であり、被害者の女性も日本人、横に立っている男性も間違いなく日本人医師なのですが、いまの中共政府はこの写真を「日本陸軍七三一部隊による人体実験の犠牲者の写真」として流用し、さらに同じ写真を南京事件の支那人被害者として流用し、展示しています。】

***

こういうことを、ブログで書くとヘイトスピーチになりますか?
ヘイト思想とか?

私たち日本人って、被害にあったことや辛いこととかは「水に流す」ということが美徳とされています。
だから、日本人の従軍慰安婦が、韓国の従軍慰安婦の方々のように被害者だと言って訴えたりしません。
それは恥だから、誰にも言わずに胸の中にしまって、この世を去っていきます。

嘘だ、捏造だ、と言われている「青葉慈蔵尊」のお話だって
日本では、ひっそりと語り継がれ慰霊されているだけで、ご遺族の方が損害賠償を求めて大騒ぎしたり、
従軍看護婦の像とかを建てたりしません。

日本人は、恥という美徳をもつからです。

だから、ねずブロのように拡散力のあるブログ、
ねず先生のようなわかりやすい明るい笑顔で、過去の歴史や、これからの日本の役割を教えてくれるような講演会は、とても大切です。

私たちが、とても大切にしているのは
こういうお話を知って「慰霊」の気持ちを持つことです。

過去にあった出来事を、騒ぎ立てて、損害賠償したり記念碑?を建てたりすることではなく
犠牲になられた方々の「慰霊」をして、二度と同じ悲劇を繰り返さないようにするためのものではないでしょうか。

そうして、こんな悲しい戦争が二度と起きないために
日本が正しい道をあゆみ、世界が平和と安全と幸せになるために
一人一人が意識しながら毎日を暮らしていくためのヒントのブログが、「ねずさんのひとりごと」です。

☆☆☆

次は4000話目指して、頑張って下さい😊💐


2016年5月 1日 (日)

ハンセン病と神話からわかること

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tvmatome.net/archives/4044

一昨日の深夜番組で、素晴らしい医師のご紹介がありました。
政府のハンセン病患者に対する隔離政策に、真っ向から対峙して、ハンセン病は感染力が極めて低く
隔離する必要なし!ということで、たくさんのハンセン病の患者さんの隔離を、庇いながら治療を続けてくださった小笠原登医師です。

結局、小笠原登医師の先見の明のある説は、学会から異端視され、マスコミからも世論からも、ボコボコにされてしまうという悲しい結果でした。

なぜ、こんな不幸なことを日本政府がしてしまったのか。
それは、やはり神話から読み取る謙虚さを失っていたからではないでしょうか。

【波紋は岸辺に2013年11月25日07:09 】
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2084.html

『ハンセン病という病気は、かつては全世界に猛威をふるった病気です。
皮膚がまるで像のように固く厚くなり、全身から膿が吹き出すというたいへんな病気でした。
日本では、この病気はライ病とか腐りの病といって恐れられました。

細菌性ですが、感染率は決して高くなく、昭和40年代にはいってから特効薬が開発され、いまでは世界中からほぼ駆逐された病気です。

昔は、この病気に罹れば、もはや隔離するしか方法がなく、やむなく無人島のようなところに患者たちを隔離するのがあたりまえに行われていました。
けれど、それはただ隔離するというだけのもので、いってみれば体のいい姥捨のようなものでした。


たいへんに恐れられた病気ですが、わが国では8世紀の始め頃、光明皇后陛下が、このハンセン病患者たちのための収容施設をつくっています。
光明皇后はこのとき、重症のハンセン病患者の膿を吸ってあげたところ、その病人が阿閦如来(あしゅくにょらい)であったという伝説が残されています。』

この光明皇后様が、「膿を吸われた」というところを、単なる神話としてしか捉えていない、というところに大きな過ちを犯すことになってしまったのです。
神話の中に、大きなメッセージがあると「ねず式古事記解説」で学んだ私たちは、もうピンときたはずです。

日本人は1400年前に、すでにハンセン病が感染力の弱い病であり、口で膿を吸ったとしても感染しないのであるという事実を、神話にこめたのです。

その事実は、阿閦如来のように尊いものなのだ、ということを教えてくださっているのです。

現代の科学からわかってきたこと、それは神話にすでにあるということ、科学的に証明される前の先進的な仮説や研究は、既存の学会、マスコミ、大衆から総攻撃を受ける、ということを教えてくれた番組でした。

小保方さんも、そんなお一人なのかもしれません。

最先端の仮説を、誹謗中傷してきた学会やマスコミや大衆のような、罪なカルマは、作りたくないなと思いました。

【生涯を捧げる2009年09月09日13:05 】
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服部ケサさん。

素晴らしい方。
阿閦如来の化身のような方。

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