日本人の心

2017年2月25日 (土)

『ねずさんと語る古事記 壱』が予約開始になりました♪

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『古事記については、これまで部分的にねずブロでご紹介したり、あるいは倭塾で講義をさせていただいたりしてきましたが、やはり「通し」で読んでいくと、ものすごく理解が深まります。』

ねず先生の倭塾講義では、日本の神様は愛によって成長して偉大な神様になっていく、ということを学ばせていただきました。
西洋の神様は、生まれながらに完璧であり、人類創生をなされました。
そこに神と人間の関係があります。
ところが、日本の神様は日本人の元のご先祖様であり、神代からの血筋を現代にまで継承される天皇という有難いご存在が、私たちを神様の世界としっかりと結びつけてくださっているのだ、ということを教えていただきました(^-^)

『この古事記の本は、取り組みを始めてから、出版に至るまでに、まる三年かかりました。
その間、20回以上、原稿をいちから書き直し、その都度、新しい発見や学びをいただきながら、自分としては、最高の内容の本になったと思います』

本当に、苦しまれていらっしゃいましたっけ(・・;)
お尻から根っこが生えるんじゃないの?
古事記なんてもう書くの止めて、百人一首の新作書いた方がいいのでは?
神様に満足していただける内容になるのかしら?
と、たくさん心配になりました。
だけど、神様から選ばれて、書き上げさせていただけて、最高の内容になった!ということは
とても喜ばしいかぎりです💕


『なぜなら古事記は、7世紀の白村江の戦いに破れ、唐と新羅の連合軍に我が国の国土を侵略されかねないという国家の危機にあって、我が国の国家国民としてのアンデンティティを確立するために書かれた書であるからです。
つまりそこには、日本を取り戻すための大きな知恵が、まさに宝物のように連なって書かれています。

私たち現代日本人は、71年前に大きな敗戦を経験し、いま再び「日本を取り戻そう」としています。
では、その取り戻すべき日本というのは、どのような形をしているのか。
実はそのことについて、明確な回答を与えてくれているものは、残念ながらありません。』

なぜ、今、古事記ブームなのか
あちこちで古事記が見直されているのか
⬆︎の部分で、よく理解できます。
日本は長い歴史の中で、敗戦したのは二回しかありません。
白村江の戦いと、大東亜戦争です。
白村江の戦いで、危機を感じた天武天皇の大御心により、古事記は生まれました。
日本を護るための大いなるメッセージが込められているはずです。

その大いなるメッセージを、ねず先生がどのように解き明かしてくださったのか、とても楽しみです。

百人一首も、現代の私たちと何ら変わることのない日本人としての感情を読み解いていただき、歌人たちが、まるで『長年の友』のような錯覚を覚えるほど身近に感じられました。

きっとねず先生の古事記は、神様が私たちと同じように感じたり、愛を生きていらしたことを教えてくださるのではないでしょうか。

3月15日の発売が、とても楽しみです!


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2016年9月22日 (木)

修行者と羅刹

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チャンネルアジャーで、私の大好きなお話がありましたのでご紹介いたします。
⬆︎の動画では、ねず先生が講談のように面白くお話されています。
ねずブロでも昨年アップされてます。

***
国民学校「初等科国語八」から、一文をお届けします。
いまで言ったら、小学6年生用の教材です。
文はねず式で現代語に訳してあります。
比較的短い文ですので、まずはご一読してみてください。

********
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国民学校「初等科国語八」七
【修行者と羅刹(らせつ)】

 色はにほへど散りぬるを、
 わがよたれぞ常ならむ。

どこからか、そんな歌が美しい声で聞こえてきます。
ところは雪山(せっせん)の山中です。
長い長い難行苦行に、身も心も疲れきつた一人の修行者が、ふとこのことばに耳を傾けました。

修行者の胸に、言い知れぬ喜びがわきあがってきました。
それはまるで、病人が良い薬を得たとき、あるいは喉の乾いた者が清涼な冷たい水を得たのにもまして、大きな悦びでした。
羅刹は首を振りました。
「だめです、行者さん。おまへは自分のことばっかり考えて、人の腹の減っていることを考えてくれない」
「おまえは何を食べるのですか」
「びつくりしちやいけませんよ。わしの食べ物というのはね、行者さん、人間の生肉、それから飲み物というのは人間の生き血さ」
と、言うそばから、さも食いしんばうらしく、羅刹は舌なめずりをしました。

しかし、修行者は少しも驚きませんでした。
「よろしい。あの言葉の残りを聞かせてくれるなら、私の体をおまえにやってもよいです」
「えっ。たつた二文句ですよ。二文句と、行者さんのからだと、取りかえっこをしても良いと言うのですかい?」

修行者は、どこまでも真剣でした。
「どうせ死ぬべきこのからだを捨てて、永久の命を得ようというのです。何でこの身のいとうことがあるでしょう」
そう言いながら、彼はその身に着けてゐる鹿(しか)の皮を取つて、それを地上に敷きました。
「さあ、これへお座りください。つつしんで仏の御言葉を承りましょう」

羅刹は座に着いて、おもむろに口を開きました。
あの恐しい形相から、どうしてこんな声が出るかと思われるほど美しい声です。

 有爲(うゐ)の奥山今日(けふ)越えて
 浅き夢見し酔ひもせず

と歌ふように言い終わると、
「たったこれだけですがね、行者さん。でも、お約束だから、そろそろごちそうになりましょうかな」
と言って、ギョロリと目を光らしました。

修行者は、うっとりとしてこの言葉を聞き、それをくり返し口に唱えました。
すると、
「生死を超越してしまへば、もう浅はかな夢も迷いもありません。そこに本当の悟りの境地があるのです」
という深い意味が、彼にはっきりと浮かびました。
彼の心は喜びでいっぱいになりました。

この喜びをあまねく世に分(わか)って、人間を救わなければならないと、彼は思いました。
彼はあたりの石といわず、木の幹といわず、今の言葉を書きつけました。

 色はにほへど散りぬるを
 わが世たれぞ常ならむ
 有為の奥山今日越えて
 浅き夢見し醉ひもせず

書き終ると、かれは手近にある木に登りました。
そのてっぺんから身を投じて、羅刹の餌食(えじき)になろうといふのです。

木は、枝や葉を震はせながら、修行者の心に感動するかのように見えました。
修行者は、
「一言半句の教えのために、この身を捨てるわれを見よ」と高らかに言って、ひらりと樹上から飛びました。

とたんに、妙(たえ)なる樂(がく)の音が起こって、ほがらかに天上に響き渡りました。
と見れば、あの恐しい羅刹は、たちまち端嚴な帝釋天(たいしやくてん)の御姿となって、修行者を空中にささげ、そうしてうやうやしく地上に安置しました。

もろもろの尊者、多くの天人たちが現れて、修行者の足もとにひれ伏しながら、心から礼拝しました。
この修行者こそ、ただ一筋に道を求めて止まなかつた、ありし日のお釈迦(しゃか)樣でした。

2016年9月15日 (木)

秋の七草

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ナデシコは、繊細なピンクの花を咲かせます。
その小さくてつつましく控え目で可憐な花の姿に、日本女性の美しさを重ねた言葉が、「大和撫子(やまとなでしこ)」です。

「万葉集」では26種詠まれています。

 なでしこが その花にもが 朝な朝な
 手に取り持ちて 恋ひぬ日なけむ
        (大伴家持)

(通解)あなたが撫子(なでしこ)の花だったなら、私は毎朝、手に取ってあなたを愛でることでしょう。

 秋さらば 見つつ偲へと妹が植ゑし
 やどのなでしこ 咲きにけるかも

これも大伴家持の歌です。
この歌は、天平11年の作ですが、この年の6月に家持は、奥さんを亡くしています。

その奥さんが、生前、「秋になったら、いっしょに眺めましょうね」と言って、なでしこを、庭に植えた。
秋になって、その撫子が、家の敷石のかたわらに咲いている。

「おまえが、そばにいてくれらなら」
そう思う家持の悲しみが、胸を打つ名作です。

なでしこは、女性の美しさと、手の中に入れて愛でたいと思わせるほどの可憐さを象徴しています。
そんな美しい愛する妻の、こぼれるような笑顔。
そして緑の中に咲く、ピンクの花。
文字は白黒だけれど、歌は、美しい色彩に彩られています。

どういうわけか、なでしこは、西洋の花言葉でも「長く続く愛情」とされています。
そういう不思議なイメージを抱かせるきれいな花です。

また、なでしこには、英語名で「ピンク pink」の名前があり、また、「輝く目」のという意味もあります。
ピンク色の語源も、なでしこの花からきています。

もうひとつ、なでしこを歌った、こんどは俳句です。
小林一茶の作です。

  御地蔵や
  花なでしこの
     真ん中に

きれいな秋の夕焼け空に赤とんぼが舞い、稲刈りを終えた田んぼは、黄色く色づいています。
道ばたにふとみると、緑の葉に彩られて、ピンクのなでしこの花が咲いている。
その真ん中には、ちいさなお地蔵さんが、赤い前掛けをつけて、そっと立っている。
そんな情景が目に浮かびます。

和歌、短歌、俳句に限らず、日本画や文学などにおいても、日本文学などでは、こうしてものすごく簡素化し、簡略化した中に、くっきりと浮かび上がる色彩豊かな情景や、背景などを連想させるものが、秀作とされます。

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***
ここのところ週末は、いつも台風が来ています。
しかも、大きな台風だから被害もひどい…>_<…

だけど今夜はお月見の日です。
素敵なお月見様が見られるといいですね(^_^)v

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2016年4月23日 (土)

大切にしたい日本の四季

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http://youtu.be/U-yf2skmSks


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【朧月夜(おぼろづきよ)】
1 菜の花畠に 入日薄れ
  見わたす山の端(は) 霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば
  夕月かかりて にほひ淡し

2 里わの火影(ほかげ)も 森の色も
  田中の小路をたどる人も
  蛙(かはづ)のなくねも かねの音も
  さながら霞める 朧月夜

「おぼろ月」というのは、春先によく見られる、ちょっと霞(かすみ)のかかったお月様で、別名が「菜種月」ともいいます。

菜種(ナタネ)は、菜の花の別称です。
菜種から採れる油が、菜種油(ナタネアブラ)で、江戸時代には行燈(あんどん)によく使われたり、食用に使われたりしています。
実は今の日本でも、サラダ油の6割は、菜の花から採れる菜種油が原料なのだそうです。

菜の花は、芽茎が食用になり、この時期菜の花の胡麻あえなんて、実においしい。
それだけでなく、荒れた土地でも繁殖できるため、堤防や土手などの修景用にも、用いられます。
上の写真の江戸川の河川敷のものなどは、まさにそれです。

日本人は、こうして四季折々の美しい自然と、まさに共存して生きて来た。

春山の さきの ををりに 春菜採(つむ)
妹が白紐(しらひも) 見らく しよしも

と読んだのは、万葉集の尾張連(おわりのむらじ)ですが、他にも

菜の花や 月は東に日は西に(与謝蕪村)
菜の花の遙かに黄なり筑後川(夏目漱石)

なんていう俳句もあります。

日本には四季があります。
そして四季折々の美しさがある。
そういう美しさを大切にし、共存し、調和して生きて来たのが日本人だと思うのです。

戦後の日本は、そうした自然との共存を、ある意味否定し、都会化することを「開発すること」、「良いこと」としてきました。
四季は、いまでは、単に衣類の着あわせの中だけのものとなっているかのようです。

けれど忘れてはならないのは、
日本にもともとある四季折々の美しさと、
それに感動する、人の心 なのではないかと思います。

2016年4月19日 (火)

熊本大地震と中央構造線という活断層について

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www.buccyake-kojiki.com/archives/1023001984.html
【中央構造線と神社 - なぜ、日本有数の神社は、地震大国たるこの断層系に沿って建っている?
2015/03/29 14:55】

諏訪大社も含めて、中央構造線のライン上には、奇妙に日本有数の神社が立ち並んでいる。伊勢の神宮もそう。そして、一宮の何社かもこのライン上にある。日本列島を地震大国としている一つの要因となっているこの断層系に、なぜ古社が並んでいるのか。神社による日本人への警告か。

ここでは、戸矢学『富士山、2200年の秘密』を参考にそうした神社を抽出した。

***

朝からお友達と、地震の話題で持ちきりです。

そして上のブログを教えてもらいました。

もちろん、私はねずブロを紹介しました。

【熊本地震と日本人の覚醒】
2016年04月19日06:46
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今回の熊本地震の主役となった活断層は、中央構造線と呼ばれ、九州から四国を渡り、近畿からフォッサマグナを経由して関東の鹿島灘に至る巨大な断層です。
もし、今回熊本で起きた地震が、伊勢サミットを直撃していたら。
もし今回の地震が関東を直撃していたら。

***

『富士山、2200年の秘密』は、以前から気になっていましたが、スルーしていました。

だけど、もしかしたら古くからの神社と中央構造線と呼ばれる活断層は、関連があるかもしれないので
注文しました!

どんなことが書かれているのかな?

『そしてそのためには、日頃から対立や中傷や足の引っ張り合いや、バレなければ何をやっても良いとか、勝てば官軍ではなくて、たがいに共助の精神をもって助け合い、誰もが対等な人間として尊重され、いがみあったり対立したりするのではなく、互いが何よりナカヨクすることができる社会ではないでしょうか。
もしかすると神々は、あらためて日本人に、この日本的共助の精神に気付くように、いま大掛かりな警鐘を発して下さっているのかもしれません。』

これかな?

また、ご報告します。

2016年4月17日 (日)

天災と田母神さんと三条右大臣

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14日の熊本での地震以来、不安な思いで毎日を過ごしています。
上の写真は、四年前の阿蘇の温泉の時のものです。
ここは、土砂崩れの被害でなくなってしまったようです。
荒ぶる自然の神様の前では、なす術はありません。
ただ、1日も早く鎮まり、被害が最小に止まることを願うばかりです。
天に召された方々の、ご冥福をお祈り申し上げます。

避難所の方々の配給が滞ることなく、まんべんに行き渡りますように☆

東京も、いつ直下型地震が来るかわかりません。

今回の地震は、田母神さんが逮捕された日の夜に起こりました。

前回の東日本大震災も、田母神さんの愛人問題をすっぱ抜かれて騒ぎになった日にありました。

こんな大地震と田母神さんの事件が二回も重なるとは。。

あ!
そういえば、リーマンショックの時に、田母神さんは幕僚長を更迭されました!

今回で3回目でした(⌒-⌒; )

田母神さんのような素晴らしい人を、更迭したり、陥し入れたり、逮捕したりする世の中は、やはりおかしいのかもしれません。

早く荒ぶる神様が鎮まるよう、ちゃんとした国のまつりごとをしていって欲しいですね。

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【個人の欲望や恋心は、私事であり私心です。
現役の閣僚である彼は「公人」です。
そして日本における「公人」は、天皇の「おおみたから」を預かり、その「おおみたから」が、豊かに安心して安全に暮らせる世の中を担うために、右大臣の要職にあります。
それが「天皇の民をお預かりする」ということの持つ意味です。
だからこそ、どんなに逢いたい気持ちがあっても、相手が名の知れた美しい女性であっても、両思いであったとしても、それが「人に知られず」にできることであっても、彼には逢いに行くことができません。

だからこそ彼は、
 名にし負はば 逢坂山の さねかづら
人に知られで くるよしもがな
と詠み、名を「三条右大臣」としたのです。】

この記事は、大地震の来る前にねず先生がアップされた
【男の誠実2016年04月13日07:15 】のものです。

私を捨て、公人として生きるという人の
〈男の美学〉を書いてくださいました。

だけど田母神さんを通してわかることは、どんなにボロボロになっても
どんなに陥し入れられても、誠実に愛を生き、誠実に公人としてオオミタカラを守るために
政治家を志した田母神さんの〈男の美学〉の方が、私は人間らしくて好きです。


人には、いろんな生き方がありますね。

私は、右近や小町の和歌から見える「女の美学」が、とても素敵だと思います💝

2016年4月14日 (木)

パラオ・ペリリュー島の戦いと船坂弘さんのこと

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今日のねずブロは、久しぶりにパラオ・ペリリュー島の戦いのお話しでした。
何回か、リニューアルされてますので、そちらをまとめておきます♪

***

【ランボーは日本人だった!・・・舩坂弘軍曹物語】
2009年11月28日07:04
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-708.html
シルベスター・スタローンの「ランボー」といえば、2008年にも「ランボー最後の戦場」が公開された、いわずと知れた大ヒットシリーズです。
ところが映画の主役のジョン・ランボー顔負けの大活躍をした日本兵がいます。
お名前は、舩坂弘軍曹。大正9年のお生まれの方です。

傷をみた軍医は、あまりの傷口の深さと大きさに、もはやこれまでと、舩坂軍曹に自決用の手榴弾を手渡して去ってしまう。
おまえはもう死んでいる、と宣告されたようなものです。「負けるもんかっ!」舩坂は近くにあった日章旗で足を包帯代わりに縛り、夜通し這って洞窟の陣地に帰り着きます。
着いた時には、死体が這ってきたような姿だったのですが、この舩坂軍曹、並みの体力気力ではありません。翌日には、左足を引き摺りながらでも歩けるまで回復してしまった。

***
【舩坂弘軍曹物語】
2014年05月01日08:35
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2247.html

シルベスター・スタローンの「ランボー」といえば、大ヒットしたハリウッド映画ですが、実は、この映画の主役のジョン・ランボーのモデルは日本人であったという話があります。それが舩坂弘(ふなさかひろし)軍曹です。大正9年のお生まれの方です。

戦後、舩坂さんは渋谷で小さな書店を開き、それが大きくなって日本初の書店ビルを築き、渋谷の街の健全化にも貢献され、またパラオと日本の架け橋として数多くのご活躍をなさいました。

その舩坂さんが、パラオ・ペリュリュー島南西のアンガウル島に着任したのは、戦況も押し迫った昭和19年3月、23歳のときのことでした。このとき舩坂さんは、除隊を目前にした宇都宮歩兵第59連隊軍曹でした。

アンガウル島は、東西2.5km、南北3kmほどの小さな島です。
その島に、同年9月11日、米軍が来襲しました。


***
【パラオ・ペリリュー・アンガウルの戦い】
2015年04月10日06:27
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パラオ・ペリリュー島に天皇皇后両陛下が訪問されました。

そこで、戦いの模様を、舩坂弘(ふなさかひろし)さんの手記でご紹介したいと思います。

舩坂弘さんは、戦後、東京・渋谷で書店の経営をはじめ、日本最初の書店ビル「大盛堂書店」の経営者であった方です。
平成18(2006)年、86歳で永眠されています。

舩坂さんは、昭和19(1944)年3月、23歳で除隊を目前にした舩坂氏は、宇都宮歩兵第59連隊の軍曹として、パラオ・ペリュリュー島南西のアンガウル島に赴任を命ぜられました。

アンガウル島は、東西2.5km、南北3kmほどの小さな島です。
そこに同年9月11日、米軍が来襲しました。

開戦から5日間、米軍はまず空母ワスプから発進した爆撃機で島の絨毯爆撃を行いました。
次いで戦艦テネシーから、島の形が変わるくらいの激しい艦砲射撃をしました。
そして9月17日、米陸軍第81歩兵師団2万1千名が島の北東と南西の二面から海岸に上陸しました。

このとき、島を守っていた守備隊の日本軍は、わずか1400名です。


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【舩坂弘さんの戦い】
2016年01月23日07:56
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坂弘(ふなさかひろし)さんは、戦後、渋谷で小さな書店を開き、そこから出発して渋谷に全フロアが書店という「書店ビル」を日本で初めて開かれた方です。
すでにお亡くなりになっていますが、渋谷がいまも若者たちが安心して集える街でいられるのも、実はその舩坂さんの貢献があったからといわれています。

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【日本の軍人】
2016年04月14日08:18
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ところが日本軍の場合は、どの戦いにおいても、上にある凄絶な戦いを、日本の軍人の誰もが行っています。
そこには、日本にしかない、何かがあったはずです。
では、その何かとはなんでしょうか。
そしてその答えが、実は「日本の心」そのものであると思います。

私は、この答えを「シラス国だからである」と解きます。
日本の心とは、天皇のシラス国のことをいいます。
天皇という国家最高権威によって、日本人の誰もが「おおみたから」です。
つまり人であり、たからであり、人として、たからとして対等な存在です。
だからこそ、武士も軍人も、そこには民を守るためという気概が自然と生まれます。

***

なんと、ねずさんのこの記事をYouTubeで作成してくださった方もいらっしゃいます。

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http://youtu.be/BjF6ypaISjI
えん太郎
2015/10/01 に公開小名木善行(おなぎぜんこう)先生のご許可を得て、
ブログ:ねずさんのひとりごとを音声変換し、
小学生から中学生の生徒達には
文字と音声を読んでいただくと同時に、
目のご不自由な方々には
音声を聞いていただこうと思い作成しました。

えん太郎さん、ありがとうございます(^-^)

このパラオ・ペリリュー島の戦いについてのお話は、ねず先生はとても強い思い入れがあるようです。

ねずブロブログのトップは、このお話から始まります。

***
【パラオ・ペレリュー島の戦い】
2008年09月17日07:46
nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-719.html?sp


パラオをご存知ですか?
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おなじみの、日本からだいたい8時間かかるとても綺麗な南洋の島・・・。

最近の遺跡などの調査で、この島には約4000年前から人が住んでいたといわれています。

いまから70年ほど前、パラオには、たくさんの日本人が住んでいました。

日本人たちは、パラオの人たちのために、学校をつくり、教育を施し、医療を充実させ、野菜や果実の栽培方法を指導したり、工場を建設したり、道路を造ったりしました。

パラオの南部に、ペリュリュー島という小さな島があります。

そこには、899人のパラオの村人が住んでいました。村人たちと日本人は、とても仲良しで、みんなで一緒になって、パラオの歌や日本の歌を歌ったりもしていました。

***

2008年の9月17日から、ねずブロはスタートしています。
今年は2016年ですから、今年の9月で丸8年もの間、ねず先生は日本の良いお話を書き続けてくださっています。

一貫して、日本の美徳をご紹介しています。
シラス国の素晴らしさをです。

もちろん、悪い日本人もたくさんいたでしょう。
でも、そういう悪い部分は戦後たくさんの方々が紹介してくださってるので充分すぎるほど、資料はあります。
だけど、日本人としての心を養うための良いお話を拡散してくださる方は少ないです。

毎日ブログアップされることの拡散力と努力は、もうすでにねず先生が日本一なのではないでしょうか?


今日の記事をまとめていたら、そういうことを痛感しました。

本当に有難いことですね(^_^)v

2016年4月 6日 (水)

夜桜が綺麗でした☆

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昨夜は、目黒川の綺麗な夜桜が見れました。
毎年、同じ風景を見ながら
来年は見れるのだろうか?
と、少し感傷的になりながら見る桜は一段と心に響きます。
若い頃には、そういう心で見ないから、シニアになるのも悪い事ではありませんね。
楽しい思い出をたくさん持って、この世を去ることができたら私はいいと思います。


シニアになっても、若い頃の気持ちを思い出せるきっかけに、百人一首が私の中でブームです(^_^)v


《四十番歌 平兼盛 隠しきれない片思い》
忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は
ものや思うと 人の問ふまで

s.ameblo.jp/inukayh777/entry-12094683925.html

とても可愛らしい光景が目に浮かびますね。

平兼盛が現代に生まれたら、こんな歌を作るかも♪

《ずっと好きだった》
作詞:斉藤和義 作曲:斉藤和義
この町を歩けば 蘇る16才
教科書の落書きは ギターの絵とキミの顔
俺たちのマドンナ イタズラで困らせた
懐かしいその声 くすぐったい青い春

ずっと好きだったんだぜ 相変わらず綺麗だな
ホント好きだったんだぜ ついに言い出せなかったけど
ずっと好きだったんだぜ キミは今も綺麗だ
ホント好きだったんだぜ 気づいてたろうこの気持ち

話足りない気持ちは もう止められない
今夜みんな帰ったら もう一杯どう? 二人だけで

この町を離れて しあわせは見つけたかい?
「教えてよ やっぱいいや‥」 あの日のキスの意味

ずっと好きだったんだぜ まるであの日みたいだ
ホント好きだったんだぜ もう夢ばかり見てないけど
ずっと好きだったんだぜ キミは今も綺麗だ
ホント好きだったんだぜ 帰したくないこの気持ち

ずっと好きだったんだぜ 相変わらず綺麗だな
ホント好きだったんだぜ

ずっと好きだったんだぜ
ホント好きだったんだぜ

youtu.be/InfQUMh935c

私の大好きな歌です。
何で好きか、、、
日本的な心が込められているし、爽やかだし、こんな思いの男の子が縄文時代から、たくさんいたんだろうな、って感じるからだったのでしょうね。

そうして、こういう男の子の思いがあるから
永遠のマドンナ目指して頑張る女の子がいる、

素敵ですね💖

2016年3月22日 (火)

第26回倭塾での中山恭子先生のお話に感動♡

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3月13日の倭塾動画が、昨日配信されました。

その中で、恭子先生のお話がメチャメチャ感動したものですから
感動のお裾分けをしたくなりました!!
政治嫌いの私が、これだけ感動したのですから、このお話で今回の選挙の目玉となされば
きっと政治嫌いな有権者が、「日本」を応援されること間違いなし!です。

***

私が国会議員になりましてから、8年半になりました。
その政治の場で、しっくりこない、自分の居場所でないという思いがありました。
日本の政治の世界は、何か余所者ののような、日本の社会から離れているような、そんな印象がありました。

何でだろうと考えている中で、国会を中心とした政治の世界というものが、本当の日本ではなくて、『輸入してきたもので作ってある』という場であるということです。
日本的な感覚でものを言いましても、まったく受け入れてくれる場所がありません。
すべてが主義で考えられているということでございます。

自由主義、民主主義、社会主義、共産主義、保守主義、すべてが元々アメリカ、西欧の主義の世界であると思いますが、特に戦後、日本に入ってきたものはアメリカ的な主義で、政治の世界が支配されているという印象を強く持ちました。

主義というものが悪いばかりでなく、良い面もたくさんありますので、主義の全てを否定しようというつもりはありませんが、主義だけで日本の政治が行われているということは、やはり、何かが欠けているのではないかという思いがありました。

その主義のグループを一つの柱とするのであれば、もう一つの『日本の社会がずっと長い年月をかけてつくりあげてきた日本の有り様、日本の素直な心』が、もう一つの柱として、政治の場でも立っていなければいけない、そのような思いから党名を「日本の心を大切にする党」という名前に変えました。

戦後の政治というものは、輸入品の政治だけではおかしいです。

やはり、日本がずーっと培ってきたものを一つの柱にしたいという思いのあらわれだとお考えいただけたら嬉しいです。

民主主義のような多数決で決めるだけでは、日本の温かい社会を作り上げることはできません。

「日本の心」とは、誰か1人が考えたものではなくて、長い歴史で考えられた皇紀2672年のもの、
縄文時代一万年という長い時間をかけてきた「日本の心」は、法律で書いてあるわけでなく、長い年月をかけて「良い、悪い」を決めてきたものです。

昭和18年にフランスのポール・クローデルが、パリの中枢で数百人の有識者の前で
「私にとって世界の中で、どうしても滅びて欲しくない、ただ一つの民族があります。
それは日本人であります。
日本は貧しい。ですが日本人は高貴です。」と自分の身の危険を冒してまで結んでくれました。

そんな素晴らしい「日本の心」を、みんなで建て直したい。

政治の場では、徹底して「悪」であるとされている「日本の心」を、何とか政治の場でも取り戻したいです。

「日本を大切にする党」は、略称「日本」になりました。

私たちを「日本」と呼んでください。

自民党が、本来の自民党でない、本来の主張も出来ない中で

これでは、「日本がうす汚れたもの」になってしまう、これではいけないという思いがあります。

「美しい佇まいの日本」というものを、しっかりと主張する人々が、国会の中にいなければいけないのです。

戦争なんて、誰も望まないし考えてもいません。

日本の持っている「底力」といえば、文化、風俗、習慣です。
この事が、日本の中でしっかりとすれば、国際社会で日本が貢献できます。
皆様、よろしくお願い申し上げます。

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お話が終わって、日心会メンバーから、恭子先生へ花束がプレゼントされました💕


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斉彬先生、ねず先生とにこやかになさってる様子が、動画から伝わってきました(^-^)


私は、何度か恭子先生のお話をうかがいましたが、これほど共感できるものは初めてでした。

日本の政治の場に、日本の心を取り入れてもらえるなら、そんな嘘みたいで夢のようなことが実現できるのは「日本」以外にありません。

どうか、皆様
次回の選挙では「日本」の応援をよろしくお願い申し上げます(^_^)v

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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

忍ぶることの 弱りもぞする


恭子先生と式子内親王の思いが、なぜか重なりました。
やはり、素敵な大和撫子は、千年前も現在も同じ心をお持ちなのですね(^-^)

恭子先生、頑張ってください💕💕💐


2015年7月31日 (金)

朝顔とブルームーン

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暑中お見舞い申し上げますshine

毎日、暑い日が続いております。
お身体ご自愛下さいませ♪

今年は、夏用に何を植えようかな〜と思っていた時、ねず先生のブログを読んで〝朝顔〟に決めました。
三株植えて今朝は、この涼し気な色の朝顔が咲いていました。

嬉しい\(^o^)/

それに今夜は、ブルームーンが見れるのです。
今から満月が楽しみですheart01

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国民学校『初等科國語七』十九「朝顔に」

千代(ちよ)

 朝顔につるべ取られてもらひ水
 木から物のこぼるる音や秋の風
 何着ても美しうなる月見かな
 ころぶ人を笑うてころぶ雪見かな

一茶(いつさ)
 雀の子そこのけそこのけお馬が通る
 やせ蛙まけるな一茶これにあり
 やれ打つなはへが手をする足をする

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千代というのは、加賀千代女(かがのちよじょ、かがのちよめ)のことで、江戸時代中期、18世紀の俳人です。
石川県白山市の出身で、素晴らしい俳人というだけでなく、日常生活においても人々から大変に尊敬され、本人も世間から悪しざまに言われないように身の持ち方に気をつけて、堂々と生きた女性としても有名な女性です。

女性俳人の代表とされ、名句をたくさん残していますけれど、そのひとつひとつに心根のやさしさがあふれ、まじめに俳句を勉強し、まじめに生き抜いた女性としての品格さえも、歌から感じ取れる凄みがあります。

 朝顔につるべ取られてもらひ水

冒頭にある絵は、歌川国芳が、この「朝顔につるべ取られてもらひ水」を絵にしたもので、まさに歌のイメージにぴったりの絵になっています。
「ある朝、井戸で水を汲もうとしたら、朝顔が釣瓶の所につるを巻きつけていました。
水を汲むには、その朝顔のツルを千切ってしまえば済むところ、なんだかそんなことをしたら健気な朝顔がかわいそうで、隣の家に水を貰いに行きました」といった意味の句です。

わずか12文字の短い言葉の中に、朝の情景や朝顔の清々しさが浮かび、おそらく女性でしょうか、ツルを切らずに水をわざわざもらいに行く女性の、やさしい心が、心地よく伝わってきます。

けれどそれだけでなく、朝という時間帯が、出勤前の忙しい時間帯であることは、昔も今もなんら変わることはありません。
そんな忙しい時間にあっても、やさしい心遣いを忘れない。
健気な植物をおもいやる。
自然をたいせつにする。植物をたいせつにする。
そんな「思いやりの心」の美しさ、たいせつさを、この句はあざやかに描いているということができます。

nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2689.html

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7/31ブルームーン♡女性の女神性を開花させる満月の祈り♡
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聖なる女性性の目覚めを祈る♡男女による陰陽の祭典♡

7月31日(金)20時(午後8時)~ 満月のピーク 19:43(東京時間)

見ると幸せになれるという言い伝えもあるブルームーン!
今年の7月は2日と31日が満月になっており、ひと月のうちに満月が2度ある大変珍しい月です。ひと月のうちの2度目の満月のことを「ブルームーン」と呼び、一部では「見ると幸せになれる」との言い伝えもあるのだとか。次回見られるのは3年後になります。3年に一度の極めて貴重なブルームーンを楽しみましょう。

~ 祈りの仕方について ~

この祈りには、男女の陰と陽の両方のエネルギーが必要です。男性の方も是非ご参加下さい。同様にお願いいたします。

まず、ご自分のハートに、(女性の方は子宮にでもいいです。イメージしやすい方でいいですよ。)聖なる女性性の、内なる女神の光である、温かな母性のピンク色の薔薇が、ゆっくりと花開いていくところを思い描いてください。その感じを味わってください。

次に世界中に美しいピンクの薔薇が、次々と花開いていくところをイメージしてください。地球が優しい母性に包まれていくような感じです。開いた薔薇からは、金色に煌めく美しい光が放たれて参ります。世界の全ては、愛の薔薇により浄化され癒され光へ戻っていきます。イメージは自由に広げていってくださいね。ご自分のハートに従ってください。

ピンクの薔薇は聖なるマリア様から、このグループへの光としていただいた愛の輝きです。このありがたい光を、地球に次々と花開かせて、優しい深い愛で地球を包みいだいて参りましょう。

゚・*:.。.☆ 女神の祈り 大和より ☆.。.:*・゚

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ということです^_−☆

愛は平和をもたらします。

ぜひ、皆様も今夜のブルームーンでお祈りお願いたしますconfident